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2004.02.29

補償と賠償  その3

どちらも損害を蒙った人を助ける方法の一つです。賠償は、損害を与えた者を罰する意味合いがあるようです。
 平成16年2月27日読売新聞朝刊に、3つの事件が掲載され、そのタイトルと責任を負わされた人・病院名です。
① 院長の5500万円賠償命令----手術ミスで自殺----クニタクリニック
② 1100万円賠償で和解----------投薬ミス、下半身マヒ----大阪市立総合医療センター
③ カテーテル挿入ミスで700万円賠償-----市立泉佐野病院

全て、病院によるミスに対して支払われる金額です。訴えられた方にすれば、要求された金額より少ない金額ですから、ご不満でしょうが、②と③は、支払う人が誰か書かれていません。ミスを犯した医師なのか、手術を担当した人全員なのか、院長まで及ぶのか書かれていません。きっと、病院が支払うのでしょうが、両方とも市立病院です。ということは、大阪市と泉佐野市が払うことになります。
実際は、両市民が支払うことになります。国民は、将来の不安に対して、国民年金や国民健康保険などを払っていますが、このような臨時の支払いは、合計するとどれぐらいになるのでしょうか? 

裁判官は自分が支払うのでないため、大判振る舞いになることはないのでしょうか? 
①の件は、手術ミスで、右足切断ということになり、お金より右足と命を返してほしいところです。お金で換算などできないのですが、5500万円は、私が一生懸命働いて、未だによう貯めることが出来ない金額です。
同じ日に、三例も記事にあるということは、医療関係でミスが多すぎます。当然ミスを犯したものが、弁償すべきです。よう弁償できないのであれば、腕に自身が無いものは、手術をすべきでないと思います。

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2004.02.28

鳥インフルエンザ28000羽死亡

補償と賠償 その2

 京都府丹波町の養鶏場で大量の鶏が死亡との報道。20日より、死亡しだしたのに、届出をしなかったので、非難の記事が書かれています。養鶏業者としては、10000羽ぐらい死ねば収まると思ったか、全部死でも届けて出荷停止になっても、どうせ補償をしてもらえないのであれば、ギリギリまで出荷して損を減らそうとしたか知る由も無いが、損害を少しでも減らそうと思われたことは間違いないでしょう。
病気は人間でも発生するのですから、病気に罹ったから政府が面倒を見るわけにはいきません。しかし、自分以外の人にできるだけうつさないようにするのは、人間として当然するべきでしょう。ところが、産業動物になるとどうしても、お金の計算が先に立つと思います。
 ウィルス性の病気が発生した時に、本来なら、行政機関への届出でるルールになっているかもしれませんが、その前に、いつも接触のある獣医師に相談すべきだと思います。
北海道の帯広で獣医師に相談されたから獣医師が診察をされたのか、たまたま農家を訪れて見つけられたのか判りませんが、日本で4番目の狂牛病発見となりました。問題は、その後、担当された獣医師が自殺をされたことです。個人的に原因があって自殺されたのか、狂牛病に関係があったのか判りませんが、新聞では、狂牛病の検査で過労があったように書かれていたと思います。仮に、この農家で、100頭の牛が飼われていたとします。飼料が原因であり、今まで日本で発病した10頭では、5~6歳が多いですから、この農家の牛100頭は危険だから全部焼却処分になるのでしょうか? 法定伝染病でもない牛を、強制的に処分することは可能なのでしょうか? もし可能であれば、この農家の人が自殺をしなくてはなりません。この農家と同じ飼料を与えていた近隣の農家も大打撃です。村全体の滅亡に追いやられるような牛の病気の診断をしたというストレスがこの獣医師に加わったのではないかと思われます。
こんな話を書いたのは、この獣医師に相談しなければ、判らなくて済んだものをという農家の獣医師に対する不信感があったのではと想像します。
今回の山口県のことでも同じだと思います。獣医師に相談しても駄目だという気持ちがあったのではないでしょうか? 相談された獣医師は、いろいろのことを含めて相談にのれるような、信頼される獣医師を目指すべきだと思います。
そのためには、鳥インフルエンザが、渡り鳥の所為などのようないい加減なことをいわないで、今全国にどれぐらい発生しているか調査する必要があると思います。
全国の獣医師に依頼すれば、サンプル検査であれば、一週間もあれば可能だと思います。
消費者の不安を取るのも大切ですが、養鶏関係者の生活を守るために、獣医師に、大いに働いてもらう必要があるように思います。                     平成16年2月28日

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2004.02.27

補償と賠償  その1

よく似た言葉ですが、全く違います。
今日の新聞に両方とも掲載されています。この言葉は、今日どころか毎日のように掲載されます。
先ず、補償です。
山口県の鳥インフルエンザ騒動で、国は、鳥の移動禁止と農場の鶏34000羽の殺処分を命令した。国の権力で命令したのですから、全額補償は当然です。なのに、半額の補償だったそうです。
あの処置は、正しかったのでしょうか? 何十年振りに発生したすごい家畜伝染病だというのですが、何十年振りということは、誰も身体で経験していないことです。
 経験していなくても、関東大震災や世界大戦などは、写真や本などでその恐ろしさは知ることが出来ます。また、映画などで擬似体験も出来ますが、どれほどの伝染力があって、どれほどの被害を蒙るかの予測も付かないでしょう。鳥インフルエンザは、獣医師でも知らないでしょう。あんなに簡単に終息したのは、処置が早かったのであれば、処置に対して蒙った金銭的損害は全額補償すべきだと思います。
 移動禁止に対する補償はゼロであったそうです。
農水省の人は、なにを考えているのでしょう。これから、獣医師にも診せなくなるでしょう。鶏が死んだら、間違いなく黙って埋めたら証拠が残りますから、焼却処分をするでしょう。
 この処置の判断が、間違っていたらどうなるのでしょう。
そんな農水省の人は、止めてもらわねばなりません。そこまで、追求されるのであれば、役人になる人はいなくなるかもしれませんが、このような強力な国家権力を発揮するのであれば、もっと、慎重にいろいろの角度から検討すべきでしょう。獣医学だけの立場ではなく、国民全体に与える影響も含めて考えるべきです。
 後の半額は、山口県が2億5000万円の予算を計上した。これも可笑しなことですね。急に計上したお金が入ってくるのですね。誰のお金かといいますと、山口県民のお金です。
一時たてかえるのであれば、解りますが、国が払うべきものをどうして、県民が支払うのでしょうか? 日本全国にひろがるのを防ぐのであれば、全国民で負担すべきでしょう。自分のお金でなければ、国も県もどうもあまり考えないで使うようです。
 今回の処置は、合格点を与えるわけにはいきません。

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2004.02.26

冬山遭難-関学生

冬山遭難   怖くは無い  
 日本中、危険は嫌な人ばかりですが、嫌でない人がいました。
ある新聞では、その行為を褒めていましたが、殆どのメディアは良かったよかったの一色でした。

なんの話しかと思われたでしょう。先日、冬山で遭難した関学の学生達のことです。
私もずっと、テレビで見ていまして、良かったという気持ちで一杯でしたが、インタビューに答えたリーダーをみていますと、彼等は、危険なことは嫌だとは思っていませんでした。
「危険は嫌でない」と彼等がおもっていたと、私が判断したのは、

① 救助後の、記者会見でリーダーだけが質問に答えて他の三人は黙って座っていただけであること。
② 身体が回復したら、又、山に登るかとの質問に対して、「また、登ります」と。

記者会見で、リーダーがしっかりしていると思われた方が多いと思います。私は全員子供だなと思いました。怖くないではなく、怖さを知らなかったのでしょう。
あの状態での質問ですから、「もう、登りません」で良かったと思います。3ヶ月後に、登っても判らないのですから。あれだけ皆に迷惑を掛けたのです。実際に、救助に向かわれた方は、第二次の遭難を覚悟で行かれたのですから、「もう、懲りました」というのが、礼儀です。他人を思いやる心がありません。
「また、登ります」との返事を聞いて、さすが若者だ、日本の将来は、このような青年に託したいと記事にした新聞記者は、こんな考えも良いでしょう。 しかし、私はこのような新聞記者には、日本の将来を託したくないと思いました。

遭難の原因は、彼等が言っている通り、甘かったことになりますが、どこが甘かったのか、聴きたいものです。
私が疑問に思ったことですが、
 冬山に限らず、山の中は数時間で、驚くほどの天気が急変することです。雪など多くない六甲山ですら、遭難が  あります。ワンダーホーゲルとは懐かしい言葉です。私の大学時代(40年前)にこの名のクラブが出来、名前がし   ゃれていて、人気がありました。私はハイキングの会だと思っていました。今では、冬山、しかも縦走するようなこ  とをするのですね。登山部は、なにをするのでしょうか? 
 ビバークの位置
  私は、4~500メートルの山でも、ふうふう言っているだらしない男ですが、是ぐらいの山ですと、何回か休憩しま   す。夏ですと、涼しいところで、冬ですと風を避けるところで休憩です。このように考えると、当然、南斜面で、ビバ  ークです。あの斜面はどちらの向きだったのでしょうか? 新聞の地図では、随分高い所でしたが、100メートルで  も下にできなかったのでしょうか? 
 人数ですが、私は3人の行動が一番チームワークが取れると思っています。多くなるほど、統制が難しくなると思  います。救助を待つと決定するまで、どのような会話がかわされたのでしょうか? 随分、揉めたとおもいます。も  っと、早い時点で、引き返そうとの意見はでなかったのでしょうか? 少なかったら、もっと、行動が機敏に出来た  かもしれません。
 保温 
 テレビで見る限りでは、顔は、凍傷を起こしていました。顔は、常に、外気にさらされていたからでしょう。随分寒か ったようですが、保温の用具は持参していなかったのでしょうか? 現在のカイロは、24時間効き、シャツの上から 貼ってもヤケドをするぐらい強力です。3枚貼って、冬にハイキングをしていても、寒さを感じません。5枚はっても、軽 いし、費用も一日250円です。これで、冬山は大丈夫とは思いませんが、当然持参しておられたと思います。私は  犬猫にシーツを使っています。極薄いものですが、
 ペットカーペットのように、低温ヤケドもしません。自分の体温がこのシーツの中に保存されるようです。小さなもの でも高価ですが、セーターよりも暖かいようです。宇宙工学から生れたと聴きましたが、これを身体の前後に入れる だけで暖かいです。
 位置の確認
  冬山では、自分の歩いている位置はどのようにして確認するのでしょう。夏山では、景色で判断できます。道も見  えるかもしれません。想像しただけでも、相当、ベテランでないと歩けないと思うのですが、このパーティーは、あ  まり歩いた経験が無かったということです。どうして歩くつもりだったのでしょう。
  私は、平地で歩くことは多くなりました。地図を片手に歩くのですが、なかなか、目的地に着くことが出来ません。  人さえ見つければ、聴くことにしています。ところが、奈良ですと、歩いておられる人が少なくなり、無駄な時間と   労力を費やすことが多くなりました。
  カーナビを付けてから、車で行くときは、便利になりました。
  そこで、携帯用のカーナビにあたる物を購入しました。衛星との交信状態がいいと、5メートルの誤差で自分の位  置がわかります。さて、この代物が、山で通用するのかどうかしりませんが、高度も、経度・緯度、歩いた距離、   時間、休憩した時間、歩いているスピードも出ます。後者に書いたことは、平地では必要ありませんが、少々くる  っていていても、人間の頭より優秀です。山では必携の道具に思われます。値段は、50000円ですから、ワンダ   ーホーゲル部で購入すべきでしょう。
  持っておられたのでしょうね。
 捜索費用
  費用は、無料だそうです。
  ということは、税金で賄われたと思いますが、納得いきません。このような場合は、有料にすべきです。山を甘くみ  ないようにするためにも。

  子供の行動には、大人がチェックする必要があります。その意味では、誰もお礼は述べて
  られましたが、自分達の責任は述べていませんでした。親と大学のクラブの顧問の責任は
  きいと思います。                          H16.02.26

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2004.02.25

狂牛病神奈川県で見つかる

日本も世界に対して、強くなったものです。
普通に考えたら、おかしいことを堂々と世界に主張しています。

アメリカに対して、全頭数の検査をしないと輸入を許可しないと。

アメリカの牛の飼育頭数は、1億頭だそうです。そのうち、毎年3000万頭を肉にしているそうです。(これは新聞報道ですが、この数字は、辻褄が合わないように思います。まあ、良いでしょう) こんなに多くの牛を検査など出来ません。
 ところが、農水省は、胸を張って今回、発表しました。神奈川県で、10頭目の狂牛病を発見したと。
これ又、報道からのデーターですが、これまで、日本では、240万頭(280万頭?)の牛を検査したそうです。
日本がしたのだから、アメリカも出来るはずであるということでしょうか? 

この検査は、簡単にできたのでしょうか? 一度、検査に携わった獣医師の意見を聞いてほしいものです。多分、それまでしていた獣医師の業務を放っておいて、時間外勤務までしての検査であったと思います。そうでないと、是だけの検査は出来ません。一頭の牛の検査をするのに、どれだけの時間がかかるのも知りたいものです。

それほどまでにして検査をして発見できたのが、僅か10頭です。

この牛を食べたら狂牛病にかかるのであれば、全頭数の検査が必要です。牛の脳を食べたら、うつるかもしれないだけです。今どき、河豚をたべたら、死ぬから食べないといったら笑われるでしょう。江戸時代であれば、河豚を食べたら死ぬでも良かったと思います。河豚の卵巣を食べたら死ぬと判るようになっても、あの部分を食べる快感がいのだと、食べて死んだ人が大勢いました。狂牛病になってもいいから、牛の脳を食べたいという人は、食べれば良いのです。
 話をもとに戻します。
240万頭も調べたのに、10頭しかいなかったのです。今後は、プロの日本の獣医師に検査は任すとして、私は安心していいという数字が出たと思います。
 
以前に、聞いた話ですが、アフリカへサンダルを輸出するために、市場調査が行われました。
使っている人は、数パーセントであることがわかった。
①こんな数字では、輸出しても売れない。
②いや、それだけしか普及していないのであれば、90パーセントは売れる可能性がある。
 現地から、①と報告してきた。日本にいた上司は、②の考えで、輸出に踏み切った。

このように、ある数字が出たときに、考え方は、幾通りもあるということです。


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2004.02.21

鳥インフルエンザと狂牛病の違い

鳥インフルエンザと狂牛病の違い
 両方のことを知らないのに、書くのはおかしいですが、これから仲良くしていかなければならない、中国・タイ・ベトナムを相手に、悉く鳥・牛の輸入を停止した政府の対応は正しいのでしょうか? 

アメリカはまだ大丈夫だと思います。お互いに、無くてはならない相手になってしまったからです。
 全く、病気の性格が違うのに、同じような対応を取っているからです。中国といっても広いのです。中国の南の方で発生したから、北の方も含め、全て輸入停止とは乱暴です。

新聞の知識だけですが、頭を整理しますと、
①狂牛病は、感染(?)した牛の骨を食べた牛が感染します。
②人も発病しますが、発病した牛を食べた人が発病します。??
③ ②は100%間違いないかといいますと、正確には判っていない。
④羊のヤコブ病と、症状は同じであるが、関連があるのかどうか 判っていない。
⑤100%の精度のよい検査方法は確立されていない。

私の知識は、こんなものでしょうか? 
問題は、潜伏期間のようなものがあるとします。それが、10年とします。となりますと、10年間は、撲滅宣言は出せません。ということは、この騒ぎは10年続きます。

正確な検査方法が開発されたとします。そうなると、日本の牛を全頭数検査をすれば、日本に狂牛病が存在するかしないか判ります。存在しないとなると、輸入解禁にすればいいことになります。但し、日本政府がアメリカに要求している全頭数の検査をして、安全なものだけ輸入すればいいことになります。

 そのようなことが可能なのでしょうか? このような新しい病気に対して、獣医師も技術はゼロに等しいと思います。日本にも専門家がいなかったから、昨年は、輸入停止まで、時間がかかったのです。そして、この一年、日本の獣医師は、休日もなしに、全員が働かれたと思います。牛の頭数を獣医師の数で割れば、どれほど働かねばならないかすぐ計算できます。獣医師は、狂牛病のためだけに働くのではありません。狂牛病は、獣医師の仕事の極一部です。それを政府の命令で、ストップさせるのは間違いであることは、誰にでも判ることです。
これほど、騒がなくても、牛にかかわるプロに任せるべきです。必ず、無くすことの出来る病気です。

鳥インフルエンザ
 映画を観ているような話です。このような映画が以前ありました。(白装束の人が写真にうつっていました。お家の人は、普通の服装でした)

これも整理してみます。
①あちこちで、急激に死亡が見られた鶏、アヒルには鳥インフルエンザのウィルスが発見された。
②この死んだ鶏やアヒルを飼っていたところの人や近所の人があっという間に、死亡した。
③このウィルスは鶏から鶏にうつるが、人間にはうつらない。(WHOが発表した)
④この病気の治療法法はなく、今のところ予防も出来ないので、早期に発見し、殺処分にするのが最良の方法である。
⑤鶏は、熱処理をすれば、食べることによって、人で発病することは無い。

この病気の特徴は、感染した鶏を食べなくても、ウィルスを空気から吸う事によって身体に取り込むとうつることです。(②の事実からこのように考えられます)
WHOはなにを根拠に、人間にうつらないと判断したのでしょう。
うつる病気は、病気に対する人間の抵抗する力によって、かかる人もあれば、罹らないひともあるということは、普通に知られています。WHOの人は、このウィルスを増やし、それを誰かに、注射したり、食べ物に混ぜたりして実験されたのでしょう。

常識的に考えると、ウィルスの量を多くするほど、この病気は発生する可能性はありますが、少なくても、ある条件が揃うと、発病する可能性があります。
例えば、人の年齢による違い。ウイルスを取り込んだときは、天気が晴れであって、その後、2日間雨であったとか。湿度が低かったとか。本人が精神的に落ち込んでいたとか。いろい条件は考えられます。WHOはこれらのことを全て調べたわけでもないのに、結論の発表が早すぎます。
発病した鳥は、全部殺処分したそうですが、勿論、何羽かは、調べるために保存されたのでしょうね。死んだ鶏と病気になっていない鶏に遺伝子の上で、どのような違いがあるのか? 
まだまだ 調べることはあったはずです。
どうして、発表を急ぐのでしょうか? 大阪で発生したときのO157事件のときも、カイワレが、95パーセントの確率で原因であると断定しました。

鶏のウィルス疾患は、治療よりも、病気の鶏の早期発見、早期殺処分は、50年前となんら変わっていません。そして、そっとしてウィルスが台風のように、通り過ぎるのを待つのみです。仮に、狭い範囲で封じこめたとします。封じこめたつもりですが、100%ウィルスを死滅させることは困難でしょう。仮に、死滅させても、新しいウィルスが出現するだけです。
人が感染したときは、鳥のように人を殺処分は出来ませんから、これまで以上の治療で治すことは当たり前のことです。それをワクチンの開発で、対応しようというのは、無理でしょう。例えば、昭和35年2月に北海道の夕張で発生したポリオは、生ワクチンのお蔭で、どんどん患者数は減りましたが、未だに、ワクチンの接種が行われています。
天然痘は、世界から撲滅されましたが、長い年月と膨大な医療費を費やして獲得したものです.。そこまでに、到達するまでは、動物が本来もっている治癒力を無視するような、最近の対応は、人間の奢りだと思います。

病気に罹る人は、減ったが生活費の大部分が、医療関係に費やされる現在の方法は、間違っています。
政府は、鳥インフルエンザと狂牛病とは、違った対応をすべきです。

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2004.02.19

古い集落 その4

生瀬の集落が、どんどん昔の面影をなくしたのは、村人全員が、同じ職業についていたことと、駅伝取締所の廃止と阪鶴鉄道が三田まで開通ことによると考えました。それにしても、是だけで無くなってしまうのは納得いきません。
無くなった理由はわかりませんが、極、最近まで、集落は残っていたことが判りました。

「西宮あれこれ」という西宮市役所が発行した本があります。昭和54年10月1日の発行です。ここに、この当時の写真が掲載してありました。

 「今なお街村の形態を残す生瀬の町筋」と書かれています。
「街村」とは聴きなれない言葉ですが、街道沿いに細長く発達した村落をいうとあります。
妻入りの家が並び、間口が狭く、奥に長い建物が、メイン通りに続いています。

《生瀬のかたで、この頃の写真がありましたら、お借りできないでしょうか》 メールで送付願えれば、嬉しいです。
メール: netmino@nifty.com

街村の写真を載せようと思いましたが、方法がわかりません。どなたか 教えていただけませんか?

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2004.02.18

危険は嫌だ  新聞社の巻

 2月16日読売新聞朝刊に 
「鳥インフルエンザ タイ13歳少年死亡」死者20人に

よく見かけますね。警察署の前に、今日までの交通事故者数と書かれています。あれは、ある目的があって書かれています。あれは、こんなに多く死んでいますから、死なないようにしてください・・でしょう。わが町の自慢の数字ではありません。
この読売の記事も、タイでこんなに死亡者が出たので、危険ですよと言いたいのでしょう。
言いたくなければ記事になりません。
 でもおかしいですね。日本で、最近、食中毒人が15人ぐらい死んでいませんか? 風邪をこじらせて肺炎で死んでいませんか? 死んでいるでしょう。是ぐらいでしたら、風邪が大流行とは云わないでしょう。
日本で誰が一番、怖がっているかというと新聞記者でしょうか。何が怖いかというと、他の新聞社に出し抜かれるのが怖いのかも知れません。政府はその新聞記者が怖いのでしょう・・?。

話が長くなりました。そこで新聞記者はタイまで出かけました。そして、3分の1ページに及ぶ報告書を書いておられます。この記者はえらいです。よく、タイの原状を見てこられ報告しておられます。
簡単に書きますと、
①鶏は家の財産です
②小規模農家の7割が鶏を飼っています。
③飼われている鶏を市場に持っていくと、一羽330円になるそうです。

私は記者が行かれる前は、いかに、汚い所で飼われていて、タイ政府の対応が悪いかを書こうと思われたのではないかと想像しました。

タイの人が、自分の子供を亡くしても、鶏を処分したくないと思っておられることを日本人は理解すべきです。
この記事の中で、WHOは、「人から人に感染したのではない」と結論付けたと書いてあります。
一方、鶏肉は、熱処理をしたのであれば、心配ないと言われているのですから、世界に向かって、「危険は嫌だ」と叫ぶのは止めにしたらどうでしょうか? 
 他の新聞は知りませんが、なかなか優秀な新聞記事でした。

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2004.02.17

危険は嫌だ—鳥インフルエンザ

2月16日読売朝刊に、「学校の鳥触れちゃダメ!?」のタイトルで、鳥インフルエンザによる死者がアジアで増え続ける中、各地の幼稚園や小学校で、鳥を隔離する動きが相次いでいると報道されています。

父兄が、「大丈夫ですか」と質問したのでしょう。された方は、大丈夫かどうか判りません。仮に、半年、様子を見ていたら、日本にインフルエンザが上陸してきた。それみろあの時に、処分しておかなかったからと新聞で叩かれます。小学校はいいです。校長は首になり、市や国が、賠償金をだして解決です。幼稚園は、園は潰れます。先日、体育用具の下敷きになって、生徒が死亡したために、校長先生は自殺をされました。

 このように、考えると、日本では大丈夫になるようにしないと収まらない世の中になっています。
予防のワクチンを打っておけば解決と思っておられる人が居られますが、私はワクチンは効かないと思います。今回のように一度、発生した病気のウィルスを使って作られたワクチンは、現在の鳥インフルエンザには効きますが、少し形の変わったウィルスが出没したら、お手上げです。
風邪のインフルエンザのワクチンを毎年打っていますが、世の中から一向にインフルエンザがなくならないのと同じです。
鳥も人も同様で、何人か死にますと、近くにいた者は、みな免疫ができて発病しても罹らなくなります。罹っても軽く病気になるだけで済みます。勿論、罹る鳥や人を減らす努力は必要ですが、大した危険があるわけでもないのに、「危険は嫌だ」と世界中に向け、騒ぐのは、世界の人から、馬鹿にされると思います。

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2004.02.16

酒気帯び運転の取締り その2

昨日のコメントは 「なんや そんなことか」と思われたでしょう。

私は、これは画期的なことだと思います。
高速の入り口で、仕事をされた警官は、浪速署の方だと思いますが、警察官は、別に浪速区の人だけのために居られるわけではありません。国民全員のために居られ、偶々、浪速区が自分の持ち場というだけです。とは云うものの、日本の警察の特徴は、地域と密着している「交番」制度というものがあります。これは、私たちにとっては、当たり前のことですが、治安を維持するには、素晴らしいシステムらしいです。外国に無いものだけに、言葉がありませんから、「KOUBAN」という英語が存在するほどです。

酒気帯び運転の取締りは、朝から行われません。夜、遅くに行われます。これまでは、高速を出たところで行われました。私の利用する出口は、池田市です。担当の警察は、大阪府警の池田署です。池田署員は、一生懸命しごとをすれば、捕まる人は、大部分が池田市民です。
外に、川西市民、箕面市民です。自分の管轄で、犯罪者をいっぱい作ることになります。
捕まった人は、本当は法律を守らない良くない人ですが、心から済みませんとは、思わないでしょう。私は大部分の人は、警察を恨みに思うだけです。池田署は、池田市民の生活を守りながら、敵をいっぱい作ることになります。防犯に強力する人が減ります。
 逆に、高速の入り口で頑張った警察官は、浪速区民のために、働いたことになりません。
ここで、捕まった人は、どこで飲酒したかといいますと、浪速区で飲酒したはずです。入り口で取締りを強化するほど、浪速区内で飲酒する機会は減るでしょう。
こうなりますと、やはり、大阪府民、全体で考えないと上手くいきません。
浪速区で大いに飲んで貰って、酔いが冷めてから、高速に乗って戴く。浪速警察の人は、浪速区の人のためだけで無く、池田・川西・箕面市民の安全のために、働いて戴かねばと思います。
画期的とは 思われませんか?

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2004.02.15

酒気帯び運転の取り締まり

これから書こうと思っていることは、どのカテゴリーにも入りません。無理に撰ぶとすると、上記のものとなるでしょうか? 

10日ほど前の出来事になります。大阪市に難波という繁華街があります。その近くに、「湊町」という阪神高速道路の入り口があります。チケットを出して入り口を通過しますと、二人の人が立っています。よく、工事などをするときには、その案内を手渡されまが、この日は、そうではなく、二人の警察官でした。棒状のものを差し出して、「アルコールの検査です。息を掛けてください」。私が高速を降りるのは、大阪伊丹空港です。湊町から、15分ぐらいでしょうか?
以前は、アルコールの検査というと、一般道路か、高速を出たところで行われました。
一般道路は別に良いのですが、高速を出てすぐというのは、納得いきません。
飲酒運転をする者を捕まえようというのは判るのですが、大阪市内から、時速100mぐらいで、飛ばしてくる飲酒者を捕まえようということになります。散々走らせて置いてから、捕まえようとなります。飲酒者が事故を起こして、死ぬことは考えていません。事故を起こせば、本人だけでは済みません。巻き添えを食った人も大事故です。
 捕まえるのであれば、出口ではなく、入り口ですべきです。

府警万歳とホームページに書きましたが、他の府県でもしていることでしょうか? 
他にありましたら、教えてください。

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2004.02.14

古い集落 その3

播磨・丹波と攝津を結ぶ街道にある生瀬は、古くからあった集落と思えますが、宿駅に指定されたのは、江戸のはじめ、元和初年ころと言われています。1677年ころ、生瀬の戸数は103軒。そのうち、伝馬役を勤める家41軒。人足役を勤める家が90軒、かご持ちが13軒、それぞれ掛け持ちの家もありで、99軒の家が宿駅の仕事に携わっていました。
生瀬は、宿場のほかに、渡しがありました。一ヶ月も雨が降らなくて水が少ないという文章が残っていますから、常に渡しに関わったわけでは無いかもしれないが、この仕事も関係していたことになります。
このように、村は、宿場一色の生活であったことになります。
明治20年(1887) 駅伝取締所の廃止により、全員が職を失うことになったと思われますが、他の宿場でも、後に運送関係の仕事などに就かれた例もありますから、関連の仕事に転向されたとおもいます。

しかし、明治32年阪鶴鉄道(現在の福知山線)が三田まで開通し、又、その後、有馬までの鉄道が敷設されますと愈々、運送関係の仕事もなくなったと思われます。
それでは、仮に半分の人が村を離れられたとしますと、半分が残っておられますから、町が無くなってしまう理由にはなりません。

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2004.02.13

古い集落 その2

昨日、書きましたように、集落は古くありませんでした。
当時の宿場は、幕府用に人や馬を用意させ、無賃あるいは、低賃金で利用していまして、その代わりに、隣りの宿場までの営業権は保障していました。
隣は、道場・小浜・西宮・湯山(有馬)です。ところが、道場から小浜へ行く直接の道ができて、丹波から西宮へ送られる酒造用の米が、生瀬を通らなくなり、紛争がおきています。しかし、1711年には、駅法が改正され、必ず生瀬を通るようになり、生瀬はこれらの駅の中心になり、栄えたようですが、詳細は不明です。栄えたのであれば、現在でもその子孫の方はおられるはずですが、調べていません。
創造を逞しくすれば、原因は、かつての住民の方が、ほとんど居られなくなったことがあげられます。かつての住民の方が居られるかどうか、ご本人にお聞きしないで知る方法を考えています。判明するまでは、別の角度から、探ってみようと思います。

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2004.02.12

古い集落

2月11日 古い集落の写真を撮ろうと思って出かけました。目的地は、「生瀬」です。読み方は、「なまぜ」といいます。
古い集落とは、住んでおられる方には、失礼ですが、この町は江戸時代には宿場であったところです。
この町の南には、宝塚市に「小浜」という宿場がありました。このほかあちこちにありますが、どこも当時の面影が感じられますので、行ってみることにしました。
 「生瀬」は兵庫県西宮市塩瀬町生瀬です。生瀬北・生瀬東・生瀬二丁目と現代風の町名になっています。目指すは二丁目です。この区域には、JR福知山線の生瀬駅があります。駅前を東に進みますと、昔のメインストリートである「生瀬通り」が伸びています。この道の両脇に、五軒ほどのお家が古そうでしたが、屋根瓦はすべて葺き替えられたところであり、壁も塗り換えられたように思えました。
 同年輩らしき方にお聞きしましたところ、9年前の阪神大地震で、古い家屋は被害に遭われ、建て替えられたそうです。古いお家でけではなく、大部分のお家が新しいように思えました。
 古そうに思えるものとしては、生瀬皇太神社・浄橋寺がありましたが、創立は調べていません。同じところに、生瀬小学校がありましたが、創立100年記念の碑が建てられており、昭和38年の日が刻まれていました。その横には、セメント製の二宮金次郎の像が立っていました。前者は、この学校より古いことは、確かです。

それにしても、どうして、是ほどまでに、昔の面影がないのか、考えるのが私の楽しみの一つです。

次回にそのことを書いて見ようと思います。     平成16年2月12日

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始めまして

始めまして
よく理解でくないまま スタートすることになりました。
タイトルの「楽しい人生」は、残された人生への願望です。

そのために、なんでも挑戦しようと思っています。
そして、そのときに考えたことを、自分の確認の意味を込めて、書いてみようと思っています。

よろしく お願いします。     平成16年2月12日

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