新しい古事記の読み方
新しい古事記の読み方 と題して 文章を毎日書くことにしました。以前から書いてみようかなと思っていましたが、
誰も読んでくれません。お一人だけ、私の古事記の読み方を読んでみたいと言われましたので、真に受けて9月25日に書き出しました。日記を書くのと違って、どうして、従来の読み方と異なる読み方をしたのかを知って貰う為に、すべて根拠となるものを書いていますので、毎日書くことに追われています。
折角、書き出しましたのに、だれも読んで頂けませんので、メールを交換している人や知り合いの人に無理矢理送って読んで貰っています。どれぐらいの方に読んでいただけるか分かりませんが、何回か、毎日掲載しようと思います。コメントを頂ければ嬉しいです。
NO1
新しい古事記の読み方 1
開始 平成16年9月25日
【はじめに】
全くの素人の私が、タイトルのようなことを書くつもりになりました。その動機は、今までに読んだ本などと読み方が大分違うからです。あまり、違いますと誰からも相手にされません。そこで、少しでも多くの人に知って頂き、そう試みることによって、私の頭の中で、バラバラになっている古事記を一つのものにしようと思っています。
古事記を読むときに、書かれていることの意味を追求します。その方法はいろいろですが、方法によって解釈の仕方が変わってきます。何分、古事記と日本書紀は、もっとも古い書物であり、ここに書かれていることが、日本の歴史を知るために役立っています。
そこで、私の方法ですが、私は逆に日本の歴史の中の古事記という考えで読み進めていこうと思っています。
Ⅰ 古事記とは どのようなものか
古事記は、第40代天武天皇の命令により、太安万侶が編集し、成立の経緯を序文にしるし、712年(和銅5年)1月28日に、第43代元明天皇に提出したとあります。
不思議なことに、古事記のことは、古事記の序文に書かれている以外に、8年後(720年)に完成した、国家の正史である『日本書紀』(720年)にも記録なく、同じ頃、存在した国家の正史である『続日本紀』にも記録はありません。
本の形は、序文にあたるものと、三巻から出来ています。書かれていることは、日本の成り立ちから天皇を中心とした歴史が書かれていますが、完成後、100年近く世の中に現れることはありませんでした。
あるときは、後世の人が書いたという偽物説が出たり、最近では、日本書紀のほうが先に書かれたという説が主流を占めるようになるなどし、その価値は、日本書紀より落ちていくように思えます。
古事記は、日本書紀を参考にして作られたといった文章も目にとまります。
「古事記」 読んで字のごとく、「古い事を記した本」という捉え方がされています。
あまり難いことを言わないで、書いてみます。


Comments
非常に興味深く拝見させていただいています。
何回かといわずに連載が続くことを機体しております。
Posted by: DOM | 2004.11.21 at 12:01 PM
以下は私の掲示板に書いていたものに回答したものです。
このような古事記の見方もあるわけです。
> 黄泉って本当は幽界ではなくて島根県(旧;出雲国)の安来市の
> ことらしいです。ここにはいざなみの神様のお墓もあるらしいの
> です。古事記に記載の幽界/現実界の境目である黄泉比良坂ってとこ
> ろも隣の東出雲町にあるそうです。
> いざなみの神様は鋼(ハガネ)の神様でもあって、もののけ姫にも
> 出てきた、たたら製鉄で出来た鋼の塊をケラ(金片に母と書く、金母
> ;一文字)には母の字がついているが、日本母神ともいわれる、いざなみ
> の神様の死因は火の神をお生みになったやけどがもとになった。
> たたら製鉄もケラをひとつ製造するごとに炉を壊してしまい、その
> ため古代のたたら遺跡はなかなか見つからないらしいのですが、たたら炉
> といざなみの神様のお話を同一視して見てしまうのはやりすぎですかね?
面白いですね。「いざなみ」=「たたら(婁・鞴・鞜)」の説。
この「モウ君の掲示板」に久しぶりに、それに相応しき書き込み・・・アリガトウ!?
「伊邪那岐」と「伊邪那美」が産んだ子に、「火之神」の
「火之夜藝速男」→亦(エキ)の名→「火之炫毘古」→亦の名→「火之迦具土」
が存在し、この子供によって「伊邪那美」は死んでしまう。そして「伊邪那岐」はこの「火の神の頚」を「十拳釼」で切って殺してしまう。で、この「十拳釼」も、
「十拳釼」→亦の名→「天之尾羽張」→亦の名→「伊都之尾羽張」
と「亦の名」で呼ばれるモノで、「亦(また・エキ)の名」とは「変化(易化・エキカ=液化)した時の名前」。この「液化」は「熔鉱炉」から流れ出てくる液状化した「赤い熔鉄」だと思います。
当然にもこの「赤い熔鉄」は「伊邪那美=熔鉱炉」が産んだ子、「火之神」ですから。「とかすモノ」が「キイポイント」
「金+母=鉧(けら・ひのし=熨斗=鈷鉧)」、あるいは「金+毋(貫)=鉧」、「鈿(かんざし・かむさし・かみさし・デン)」に類字している。「けら」は「欠片(かけら)」の「か・けら」ですし、昆虫のオケラって観た事ありますか、「オケラ(螻=虫+婁)=(中+ム+婁)」。鳥類の「ケリ(鳧・鳬)=かも・フ・ブ」は「しぎ」に似た鳥だそうです。この「ケリ」は決着をつける意味の助動詞の「過去形」で、ケリを入れる、とかケリをつけるとか・・・「鎔」や「姆」のカンジも・・・
Posted by: 伯耆米子 | 2005.02.20 at 10:41 PM
伯耆米子さん コメントありがとうございました。
いざなみの神様は鋼(ハガネ)の神様は、いつかは挑戦したいテーマです。日本のれきしでは、鉄と絹は欠かせないものです。調べていきますと、大物主もスサノオも鉄に行き着くような気がしまして、目下、休憩中です。タタラという名前の方が、全国に1200名(?)ほど、おられまして、四国に大勢おられるのが気になっています。
Posted by: 蛍 | 2005.02.21 at 07:28 AM
おもしろいHPですね。
私は島根県安来市の出身ですが
ここは「金山」という姓が多く
これもたたら製鉄と関係性して
いるのかなあと思っています。
Posted by: 佐久間靖人 | 2005.03.28 at 11:46 AM
そういえば司馬遼太郎氏が「街道を行く(砂鉄の道)」を取材しているとき、鉄の神といわれる金屋子神社(島根県安来市)を参拝したのだが、この神社の風情が中世的であることを残念がっていた。スサノオ神話より想定される古代鉄の古さとでその手がかりを、掴みたかったのかもしれない。地元のものが「ここは戦国時代、尼子と毛利の激戦があって古いものが多く消失した。」との説明に少し残念そうにしていたと日立金属のかたから伺ったことがある。
しかし、最近この地域で弥生時代の鉄器が多数発掘されその量も北九州に準ずるものだという。その時代は実は大和は鉄器がほとんど発掘されておらず、この地がいかに先進地域だったかをうかがわせる話で生きていれば司馬遼太郎氏もさぞ喜んだことだろうと思われます。
Posted by: 東田 | 2008.06.01 at 06:30 PM
金型屋の視点「いざなみ景気におもう」
古事記に修理固成とありますが、「理を修め固め成す」ことで製品や部品を成型する金型業務を行ってる身、親しみを感じる言葉です。
この言葉の本来の意味は、日本列島をつくりなさいということで、イザナギ、イザナミ両神はセックスをすることでそれを達成しようとするのです。その描写が金型屋にとってパンチとダイの関係を想起させてしまいます。
それから、金型素材の特殊鋼の名産地、島根県安来市には古事記の描写どうりのイザナミの神陵というものがあります。安来は修理固成の源郷という説もありこの一致にもみえない力が働いているとも感じられます。
Posted by: 井上 | 2008.07.06 at 09:30 AM
「あらかねの土にしては、すさのおのみことよりぞ起こりける。」(古今和歌集仮名序)
あらかねとは通常、土の枕詞であり、この文章は、
「(和歌はこの日本の)地においては須佐之男命の時から詠まれはじめた。」
となる。
しかし、出雲国風土記で意宇郡安来郷の地名由来には「スサノオノ命が、ここに来て、こころが安らかになった。だから安来とつけた。」あり定住を決めた発言とも読める。
記紀においてはヤマタノオロチを倒した後、稲田姫命をめとり「八雲立つ出雲八重垣妻篭めに、八重垣つくるその八重垣を」と日本最初の和歌を出雲で詠んで定住を開始したという。
古代より、鉄の産した安来の地のことを「あらかねのつち」=(新しい金(鉄)を産する地)と訳せばあらゆることに説明がつくとおもうのです。
Posted by: 和歌菜 | 2008.07.06 at 05:33 PM
さすが誠実生美鋼の地ですね。
Posted by: もく | 2008.07.13 at 10:33 AM
鉄の旧字体「鐵」
のつくりをばらしてゆくと
鉄は「金(属)の王なる哉」と読めます。
やはり日本文明の根源が眠っていそうですね。
Posted by: 財部 | 2008.07.21 at 08:01 AM
「平成の黙示録」という表題の私説を公開しています。
http://makoto-ishigaki.spaces.live.com にアクセスしてください。
Posted by: 石垣眞人 | 2008.09.12 at 02:55 PM
美鋼(うましはがね)と聞くと石原吉郎氏の現代詩
「花であるということ」を思い出します。
花であることでしか
拮抗できない外部というものが
なければならぬ
花におしかぶさる重みを
花のかたちのまま
おしかえす
そのとき花であることは
もはやひとつの宣言である
ひとつの花でしか
ありえぬ日々をこえて
花でしかついにありえぬために
花の周辺は的確にめざめ
花の輪郭は
鋼鉄のようでなければならぬ
Posted by: 升田 | 2008.09.22 at 07:32 AM
蛍です。http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/ に置いて、「天孫降臨は伯耆の国で行われました」と書くつもりで、いろいろ調べていましたら、「新しい古事記の読み方」に戻ってきました。たくさんのコメントをありがとうございました。いろいろの方向から、コメントいただきましたので、参考になりました。日本の歴史は、やはり 原点は、古事記と日本書紀だなと思っています。天孫降臨の話は、今、23回目です。はんとしで終了できるか・・・。
Posted by: 蛍 | 2008.10.16 at 11:02 PM
司馬遼太郎著「この国のかたち」
鉄が古代以来の日本像を作る、と司馬さんは述べて、その成因に多湿の気候を合わせて考えているのは興味深い。
鉄の生産が日本各地の起こりをわける長い歴史があるが、明治以前の鉄が砂鉄を原料とし、そして生産工程に木が要ったのである。
一工程を、ひとよ、というそうだが、3昼夜で、たとえば2トンの鉄を作るのに砂鉄が12トン、木炭が12トンを必要量とする、鉄を作るのに樹木伐採があったのである。
中国山脈は禿山となることなく、砂鉄採取の掘り崩し、植林によるその山脈の維持と、続いてきたことになる、そのために多湿が影響している。
鉄の生産に石炭が使われるようになる。
森を救うというわけだが、森の造成と産業革命の関係だ。
日本刀の製造にも精錬された鉄が求められる経過がある。
近代以前の鉄の話はそれだけでおもしろい。
Posted by: 豊田特殊鋼 | 2009.01.02 at 07:29 PM
でも、石炭製鉄がCO2を増やし未曽有の地球温暖化が降りかかっている。森林の炭素はもともと大気にあった二酸化炭素を燃やしているが、石炭は地中深くに固定化された炭素がどんどん大気中に二酸化炭素として溜まる。
鉄鋼メーカーは、量を追わずしてたたら製鉄のように循環型製鉄法でコストはかかるが高性能な鉄鋼を作ることはできないのか?
Posted by: 名古屋人 | 2009.01.07 at 12:13 AM
安来ってところは色々と有名ですね。最近見かけたのは、世界一の日本庭園をほこる足立美術館ってところがあるそうですが、そこがミシュランガイドの三つ星を取っていましたよね。たいしたものです。
私は広島の人間ですが、横山大観のファンでもあり、今度のゴールでウィークに代表作「神国日本」でも鑑賞しようかなと思っております。
Posted by: 不思議発見隊 | 2009.04.26 at 11:06 PM
大和岩雄氏のころとは違って、出雲の考古学もだいぶ進んできて、関裕二氏なんかは、大和の勃興は出雲の鉄によるなどと言ってますよね。たしかに島根県安来市などに古墳時代を先取りした四隅突出墳丘墓などを作った集団は大和が鉄欠乏症だった時代にふんだんな、鉄器を埋葬していますからね。
Posted by: 鋼太郎 | 2009.09.05 at 09:40 PM
日本書紀のほうが藤原氏の政治的意図により歪めらている可能性が強いと思います。古事記の性格はより古代出雲を詳し書こうとしているので天皇制を維持させる目的性が弱い。発語の古代性からも伝承をより忠実にしようとしている。仮に蘇我氏などの協力な指導のもとに作られたとしても蘇我はさらに古い、葛城氏に憧れており、古い言い伝えを大切にしようとしている動機は十分にある。
Posted by: 神避 | 2009.12.19 at 06:16 PM
日立金属さんがかつて安来の地でウィベルグ法なる砂鉄製鋼法をやっていたらしい。
Posted by: 日経人 | 2010.02.23 at 05:10 AM
スサノオはオロチ退治の時に、持っていた十握剣でオロチの尻尾を突いたとき、なかにあった草那芸之大刀にふれて剣の先が欠けたと古事記はいっている。つまり鉄製の剣が鋼製の大刀にふれ強度の高い鋼刀が鉄剣を折ったという説があります。なるほど島根県安来市あたりは昔から鋼の名産地なのでこういう説には説得力がありますね。
Posted by: 金型屋 | 2011.03.20 at 04:38 PM
それにしても工具鋼の先端材料が続々でますね。
Posted by: MAGIC | 2011.03.30 at 07:50 PM
すごい秘密基地みたい。鉄鋼材料と神話関係が入り乱れているところが偉大だ。しかし両方とも文明の基礎になるものでしょうから、共鳴しあうのもありかも。
Posted by: 日新八幡 | 2011.10.16 at 01:21 AM
鳥取県の白兎海岸での白ウサギの話のあと、オオクニヌシの神は、八十神にいじめられたあたりが鳥取県日野郡あたりで、その後根之堅洲国のスサノオ神からも試練を受ける。このあたりは島根県安来市あたりになろうかと思います。そうやって島根県松江市にある黄泉平坂を通って、出雲大社のある島根県出雲市へと向かいます。こうやって、オオクニヌシの神の移動に合わせて観光するのも一興だと思います。
Posted by: 山陰旅行コース研究家 | 2011.12.11 at 11:38 PM