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2005.01.18

イザナミの墓・比婆山

比婆山は、全国にいくつあるか調べていませんが、現在のところ
下記の四ヶ所を確認しています。不思議なことに、それぞれ、古事記に出てくる比婆山は自分の町の比婆山だと主張されており、御所とまで称するお墓が存在します。広島県の場合は、山の名前だけでなく、郡の名前にもなっています。
イザナミが仮に、九州にいたとしまして、どうして広島のような遠いところで、しかも山の中に葬ったのでしょう。他の三ヶ所は島根県です。やはり、島根県が妥当なところでしょう。
廣島県に比婆山を持ってきた人は、どうしても島根県では困ったのでしょう。
明治政府によって八雲村の岩坂陵墓参考地が指定されています。また、古事記の「黄泉の国」のところで、問題にした最後の行の伊賦夜は現在の東出雲町揖屋のあたりとされていますが、ここには揖夜神社が鎮座し主祭神はイザナミが祀られています。島根県の中でも、横屋の比婆山の可能性が高いように思います。

それでは、どうして、伯太町横屋の比婆山が正しいのか、理由を述べてみます。
日野郡阿毘縁村宮下に熊野神社があります。この神社の由緒にイザナミを葬った比婆山を別名御墓と称したという伝説があるということを記しています。
26号、27号で、原古事記を復元して、イザナギはイザナミのお見舞いに行ったと記しました。そして、イザナミは入院していたと。その入院先が 日野郡溝口町の「御墓原」だと田村誠一氏は言っておられます。以下、補足しながら、紹介します。
伯太町横屋の比婆山より東に移動しますと、会見町を通過して、日野郡溝口町の「御墓原」があります。古事記の記事を読んで、ここがイザナギとイザナミが逢った所だろうと後世の人が町に名前を付けたのでしょうか。このような例は奥州の会津にもみられます。古事記にあっただけでなく、熊野神社の由緒にもあるように、地元になんらかの伝説が残されていたのだと思います。
次は、下記の表です。つぎの二つのことが判ります。
① 島根半島・高尾山と島根県能義郡伯太町横屋は南北に並びます。
   麓には、比波山神社があります。
②岡山県真庭郡・日留宮と島根県能義郡伯太町横屋は、東西に並びます。
日留宮はイザナギとイザナミが最初に御所に定めたところです。國生みは、ここから始まりました。(9号オノコロ島造成を参考にしてください)
それがどうしたと云われそうですが、イザナギとイザナミに関係する場所は、すべて、南北、東西に関係があります。どれ程遠く離れていても位置を正確に把握する能力を持っていた集団であったと思われます。それだけでなく、東西南北にこだわった種族だと思います。

ヒルゼン高原(日留宮)—笛吹山(ノロシ台)—御墓原(入院先)—比婆山(お墓)


 所在地             東経     北緯
1  広島県比婆郡西城町   133-03-41  35-03-47
2  島根県八束郡八雲村  133-04-37  35-21-57
3  島根県八束郡鹿島町(佐太神社境内)  133-00-03  35-30-46
4  島根県能義郡伯太町横屋  133-14-47  35-18-41




 隠岐島後・高尾山  133-13-19  36-16-25

 島根半島・高尾山  133-14-33  35-33-26

 岡山県真庭郡・日留宮  133-41-15  35-18-41

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