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2005.03.28

五穀の起源

No61
高天原を追われた速須佐之男命は、お腹が減って、大氣都比賣神(オオゲツヒメノカミ)に物乞いをします。原文と私の訳を記します。

又食物乞大氣都比賣神。爾大氣都比賣。自鼻、口及尻。種種味物取出而。種
種作具而進時。速須佐之男命立伺其態。爲穢汚而奉進。乃殺其大宜津比賣
神。故所殺神於身生物者。於頭生蠶。於二目生稻種。於二耳生粟。於鼻生小豆。
於陰生麥。於尻生大豆。故是神産巣日御祖命。令取茲。成種。

又 食物を大氣都比賣神(オオゲツヒメノカミ)に乞(コ)いました。鼻、口及び尻自(ヨリ)、種種(シュジュ)の美味しい物を取り出して而(テ)、種種作り具えて進呈する時、速須佐之男命は其の状態を立ち伺がって、汚(ヨゴレ)て穢(キタナ)くなっている為、進み出て、すぐに、其の大宜津比賣神を殺しました。そこで、殺した神の身に生まれた物は、頭には蠶が生まれ、二つ目には、稻種が生まれ、二つの耳には粟が生まれ、鼻には小豆が生まれ、陰部には麥が生まれ、尻には大豆が生まれた。そこで、神産巣日(カミムスビ)の御祖命(ミオヤノミコト)は、茲を取るように命令して、種と成るようにしました。

大氣都比賣神が折角、美味しい食べ物を出してくれたのに、汚らしいといって、速須佐之男命は殺してしまいました。いくら神話ノストーリーと言え、ひどい仕打ちですが、上流社会において、このような精神構造が、700年頃は普通であったとみるのは、厳し過ぎるでしょうか? やはり、構成上死んで頂かないと神話にならないということにしますと、古事記の作者が伝えたかったことは、
速須佐之男命の生きていた時代は、きっと、蠶、稻種、粟、小豆、麥、大豆がすでにあったということでしょう。
速須佐之男命が大氣都比賣神に会ったところは、高天原ではありません。従いまして、高天原では蠶を飼ってはいなかったのでしょうか。機織小屋はありましたから、絹を持ち込んで、絹織物は存在していたことを表現しています。よく、高天原における神々の想像図に、白い着物を着た絵が描かれていますが、材料は絹であったでしょう。脚の部分を紐でくくった図は、どこから伝わったのでしょうか。中国の福建省の民族衣装が似たいるという話を耳にした記憶があります。
また、稗田阿礼が廻った中に、食物の神さんとして、大氣都比賣神がどこかで祀られていたのだと思います。大氣都比賣神は日本書紀では、保食神(ウケモチノカミ)と書かれています。
保食神が祀られている神社をいくつか挙げておきます。
天穂日命神社(氣高郡大郷村) 矢矯神社(氣高郡吉岡村) 杉森神社(八頭郡大村)
稲荷神社(八頭郡西郷村) 神馬神社(八頭郡西郷村) 

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