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2005.04.22

中国のデモに思う

古事記に書かれている神話は、すべて、実話であると考えて歴史を読み取りますと、日本民族は、漢民族に迫害された少数民族の寄り集まりであることが判ります。
 古くはチベットや雲南からの人が隠岐に逃れてきて住んでいる間に、現在の日本語に近いものが形成されたと思われます。紀元前3世紀には、中山王国の亡命者がやってきました。高い文化を有していた人たちですが、漢民族にあっという間に滅ぼされて記録は少ししか残っていません。
 つぎに、秦(漢民族ではないらしいです)に国を滅ぼされた周の王子、天照大神がヒルゼンに来ました。月読命は天山山脈から揚子江を下ってきました。スサノオの命は北朝鮮を漢に占領されて亡命して来ました。(この三人は、イザナギの子供で、三貴人と呼ばれています)
天照大神は雲南の漢に圧迫された稲作民をデルタ地帯に入植させるように命令しました。彼らは、少しずつやってきたのではなく、計画的に何十万人とも思える人たちが、日本海沿岸のデルタ地帯にやって来たようです。そのため、稲作は、西から徐々に青森まで伝わったのではなく、似たような時期に稲作が始ったと思える稲作の遺跡が各地で発見されています。
漢民族に迫害された少数民族とは、どうして判るのだということになりますが、 迫害の仕方が、徹底していたのではないでしょうか? どこも忽然として国が消滅していて、詳しいことが判りません。雲南の人たちは、迫害を受けても征服されたという記録がありません。征服されなかったのでしょう。それでは、雲南の人たちに記録がのこっているはずです。しかし、殆ど残っていないそうです。字が発達していなかったとも考えられますが、徹底的に、迫害を受けたのかも知れません。
中山王国の亡命者は、イザナギとイザナミではないかと思っています。その後に、日本で起こった歴史的事実と考古学的なものは、漢民族と迫害された少数民族との戦いであったと考えると、銅鐸のなぞ、三角縁神獣鏡の謎、神武東征の謎、あらゆる謎がすべて氷解します。
それでは、現在の日本人はといいますと、その頃に、戦っていた漢民族の人と、混成人種との寄り集まりということになります。2000年経っても、カッとなって怒る人と、辛抱する人とに別れます。さて、あなたは、漢民族の末裔とおもわれますか? それとも、迫害された少数民族の末裔と思われますか。どちらかに属しますが、仲良くやっていきたいものです。
怒る方は、今の中国のデモを見れば判ります。怒らない人は、しぶしぶ、損を覚悟で、中国を撤退することになると思います。

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