« 古事記を読む スサノオが襲撃した製鉄所 | Main | 魏志倭人伝を読む 邪馬臺國はどこだ その4 »

2005.04.11

古事記を読む 大蛇退治の後のスサノオ

No66
製鉄所の男たちは、男ばかりの世界だったのでしょうか? 男ばかりではなくとも女性の人数は少なかったと思われます。麓までおりてきては、略奪結婚とでもいうか、攫って行くことが多かったと思います。
さて、製鉄所を襲撃したことは判ったのですが、その後、この製鉄所はどうなったのでしょう。スサノオが引き続き製鉄をしたのでしょうか?
No64の一部を採録します。

「其の速須佐之男命は、宮を造作す可(ベ)き地を、出雲國に求めて、須賀の地に到り坐(マ)して、「吾は此地に來て、我の御心は須賀須賀斯(スカスガシ)」と言われました。其の地に宮を作り坐(マ)した。それで、其の地を今では須賀と云う也」とありますから、大呂には留まらなかったとおもいます。約束通り、スサノオは櫛名田比売を娶って須賀に落ち着いたのでしょう。
「須賀」という地名がどこにあるかといいますと、大原郡大東町須賀というところに、「須我神社」あり、須佐之男と稲田姫命が祀られています。きっと、ここの須賀に住居定めたのだと思います。
この製鉄所を人共に、壊滅させたのであれば、この製鉄の技術は途絶えたことになります。その後、200年ほどすると、No65で述べました製鉄所が生まれてくることになります。五色塚古墳のときと同様です。古墳にしても、製鉄所にしても、次第に高度に発達したという考え方は、可能性は強いが、100パーセントでないことを知らないと大きな間違いをする可能性があります。
 この後、スサノオは、もう一度古事記に登場しますが、スサノオ自身はどのような活躍をしたという記事は見えません。大国主命に国を明け渡したようです。このことは、後に取り上げますが、スサノオが行きたいと言っていた根の堅州あたりを大国主命に明け渡したようです。そうであれば、この当たりは、大国主命を祀った神社があるはずです。現在のところ、調べていません。鉄を作るのが得意であったとか、米を作るのが得意であったとかが判ればいいのですが、後になって、スサノオは京都の八坂神社に祭られるようになります。ということは、京都にも進出下とも考えられますが、京都に撤退したとも考えられます。撤退で有れば、鳥取県には、スサノオを祀る神社は少ないはずです。ところが、現在(H16.12.06)の鳥取県だけで、スサノオを祀る神社が、次のページだけあります。これは、昭和9年の調査による鳥取県神社誌に掲載されているものですから、京都の八坂神社から勧請したという神社もあるかもしれません。全く関係ないのに、スサノオを祀るということはありませんから、長年、スサノオは尊敬されていたと考えるべきしょう。 この表から見ますと、鳥取県からは撤退したとは思えません。

鳥取県におけるスサノオを祀った神社
 素盞鳴尊と表記されているスサノオは、日本書紀による表示です。日本書紀を作った人の支配を受けていたと思われます。スサノオの表記がいろいろあるのも、注目してください。なぜか? です。
一覧表にうまく出来ませんでしたので、リンク先の表を見ていただいてもいいです。〔リンク先
神社名   表記 神社名 表記 神社名 表記
荒神社 素盞鳴尊 茂田神社 素盞鳴尊 岩淵神社 素盞鳴尊
中谷口神社 素盞鳴尊 小畑上神社 素盞鳴尊 荒神社 素盞鳴尊
来見野神社 素盞鳴尊 荒神社 素盞鳴尊 岸野神社 素盞鳴尊
荒神社 素盞鳴尊 下津黒神社 素盞鳴尊 花原神社 素盞鳴尊
東井神社 素盞鳴尊 荒神社 素盞鳴尊 山上神社 素盞鳴尊
池田神社 素盞鳴尊 水分神社 須佐之男命 谷口社 素盞鳴命
貴布禰神社 素盞鳴命 鷹狩神社 須佐之男命 赤波神社 須佐之男尊
田岡神社 須佐之男命 笹尾神社 須佐之男命 津野神社 須佐之男命
福園神社 須佐之男命 賀茂神社 須佐之男命 東谷神社 須佐之男命
金山神社 素盞鳴命 片野神社 須佐之男神 品治神社 速須佐之男命
湯所神社 須佐之男命 萬田神社 素盞鳴尊 小西谷神社 須佐之男命
東大路神社 素盞鳴尊 西大路神社 素盞鳴尊 久来神社 須佐之男神
越路神社 須佐之男神 八幡宮 素盞鳴命 眞幡木神社 素盞鳴命
太田神社 須佐之男命 手見神社 素盞鳴尊 金比羅神社 素盞鳴命
温宇井神社 須佐之男命 篠坂神社 須佐之男神 毛谷神社 須佐之男命
郷原神社 須佐之男尊 三谷神社 素盞鳴尊 今在家神社 須佐之男尊
徳吉神社 須佐之男尊 釜口神社 素盞鳴尊 渡一木神社 素盞鳴尊
袋河原神社 素盞鳴命 都波只知上神社 素盞鳴尊 小畑神社 素盞鳴尊
弓河内神社 須佐之男尊 高藤神社 素盞鳴神 市谷神社 須佐之男神
郡家神社 須佐之雄神 福井神社 須佐之男神 隼神社 須佐之雄神
西谷神社 須佐之男神 見槻神社 須佐之雄神 志子部神社 須佐之男神
荒神社 素盞鳴尊 布留多知神社 素盞鳴尊 島神社 須佐之男尊
荒武神社 素盞鳴尊 南神社 素盞鳴尊 日埜田神社 素盞鳴命
荒神社 素盞鳴尊 横田神社 素盞鳴尊 茂田神社 素盞鳴尊
岩淵神社 素盞鳴尊 中谷口神社 素盞鳴尊 小畑上神社 素盞鳴尊
荒神社 素盞鳴尊 若桜神社 素盞鳴尊 来見野神社 素盞鳴尊
荒神社 素盞鳴尊 岸野神社 素盞鳴尊 根安神社 素盞鳴尊
荒神社 素盞鳴尊 池田神社 素盞鳴尊 明辺神社 素盞鳴尊
下津黒神社 素盞鳴尊 谷口社 素盞鳴尊 花原神社 素盞鳴尊
荒神社 素盞鳴尊 貴布禰神社 素盞鳴尊 山上神社 素盞鳴尊
山田神社 素盞鳴尊 鷹狩神社 素盞鳴尊 東井神社 素盞鳴尊
 まだまだ有ります。

|

« 古事記を読む スサノオが襲撃した製鉄所 | Main | 魏志倭人伝を読む 邪馬臺國はどこだ その4 »

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18266/3652464

Listed below are links to weblogs that reference 古事記を読む 大蛇退治の後のスサノオ:

« 古事記を読む スサノオが襲撃した製鉄所 | Main | 魏志倭人伝を読む 邪馬臺國はどこだ その4 »