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2005.04.16

日本は真面目に歴史を見直す必要がある

今回の中国の暴動と云ってもいいような抗議デモを見て、中国はおそろしい国だと思いました。
デモを政府が煽っておいて、自然発生したといい、現実に日本大使館が襲われたのに、日本政府が間違っているからだと、堂々と反論しました。留学生が殴られたのは、実際の映像がないので、私は確かめる術がありませんが、少なくとも大使館がおそわれたということは、日本政府が襲われたことになります。理由はともかくとしても、大使館の警備をしていた警官は、デモ隊を阻止する素振りぐらいはすべきでした。
 本当に鬼のような顔をして罵倒を浴びせるシーンがありましたが、なにに対してあのようなことをするのでしょうか? 日本が常任理事国に入ることに対する抗議のデモですが、そのようには、みえませんでした。恐ろしい国民です。

① 朝日新聞は、南京で30万人を殺したといいますが、本当に殺したのかどうか、調べる必要があります。
② 慰安婦の問題も逃げないで、調べる必要があります。
③ 戦争は、いつの時代も悲惨なものですが、私は、日本軍が、人間とも思えないような殺戮を 朝鮮と中国・台湾とそして、東南アジアで繰り返してきたと聞かされてきました。
  本当なのか、今のうちに調べる必要があります。早くしないと何時までも、中国のような言い方になると思います。

今回、デモと平行して日本製品の不買運動を宣言しました。アメリカでよくありましたね。繊維製品の不買運動・三菱自動車の不買運動のときは、大きなハンマーで自動車を叩きつぶす映像が今でも頭に残っています。
現在は、BSEの牛の検査を緩めて、牛を購入するようにアメリカ政府は圧力を掛けています。日本の獣医師は、帯広の獣医師の自殺まで出すぐらいに、日夜頑張って、100パーセントの検査システムを作り上げましたから、100パーセント方式でやりますといっていますが、世界で100パーセントしている所はありません。日本は間違いだと主張しています。又、不買運動だと脅しています。
不買運動の歴史を調べる必要が有ります。日本は、世界に対して、不買運動をしたことがあるでしょうか? 私のように、一年間は、中国製品は買わないで置こう。5年間は、中国旅行はしないで置こうと胸に秘めた人はあったかもしれませんが、デモで行動を示す気配もありません。日本人は、本当に次々とおそろしいことをしてきたのでしょうか?
中国は、日本人を鬼のように言いますが、逆ではないでしょうか?
鬼に関する伝説と地名が残っています。私は、残っている所には、中国人が住んでいたと思っています。そこに住んでいてえらい眼にあった人々が、鬼が住んでいると表現したのだと思っています。
一番有名なのは、京都府の大江町の鬼です。全国で一番という鬼の資料館がつくられていまして、見てきましたが、間違っているなと思いました。鬼が住んでいたという大江山の麓に、皇大神社があります。元伊勢といわれ、内宮とも呼ばれています。
現在の伊勢が出来る前に、ここで、天照大神をお祭していたことになっています。どうして、このようなところで祭っていたか、今調べている最中ですが、このことは、日本書紀に崇神天皇の頃のことだと書いてあります。しかし、日本の歴史学会の人は、天照大神は伝説の人で、実在していなかった神さんで、普通に言われてきました皇祖神であると考えていません。
わたしは、天照大神は実在の人で、天照大神があの地で住んでいたからこそ、ずっと、その末裔が皇大神社のところでお祭りをしていたのだと思っています。それが、有名な卑弥呼ですが、卑弥呼は、巫女に卑しいという〔卑〕をつけたものです。
卑弥呼は、どのような人か、魏志倭人伝に書かれています。『呪術を行い、多くの人がその占いを信じていた。年はとっていたが、夫はおらず、弟が補佐して政治を行っている。
女王となってから彼女を見た者は少なく、1000人の女を召使いとして近侍させている。ただ男が一人だけいて、飲食を給仕し、彼女の命令を伝えるため居所に出入りする。宮室・やぐら・城柵をおごそかに設けており、常に番人がいて、武器を持って守っている』
こんなおかしなことを日本人は、ずっと、そのまま、信じてきたのです。どうして、見た人はいないのでしょうか。1000人も女が居たのに、男は一人だけだったとは?
やぐら・城柵を設けて、この中に閉じ込められていたのです。誰が閉じ込めていたか、それは、「難升米」という魏の国の占領軍司令官によってです。『呪術を行い、多くの人がその占いを信じていた』たったこれだけの言葉を信じて、日本人は、卑弥呼が、呪術で民衆を惑わしながら国を治めていたと解釈していました。
私のこのような考え方は、殆どの人は間違っているといわれるでしょう。しかし、大江町の周りには、膨大な古墳が有ります。加悦町・綾部市・福知山市です。それに加えて、丹後半島の大きな古墳群を説明しようとすれば、中国人と他の人たちとの戦争があったと言わないと説明がつきません。吉備、伯耆の国も、古墳が多いです。多いという表現は間違っています。多すぎます。ここも、古代に戦争が繰り広げられた所です。
このホームページで、私は「古事記を読む」と「魏志倭人伝を読む」を書いています。
読んでご自分で確かめてください。綾部市の物部という町は、天皇の軍隊の居留地であったと思います。どれほど、すごい戦争があったか、古墳の数が示しています。「難升米」は、最後は大江山に立てこもり、殺されたのでしょう。何故かと言いますと、古事記には、何も書かれていませんが、日本書紀には、玖賀耳之御笠が、日子坐によって、殺されたことが記されています。名前は違いますが、玖賀耳之御笠は、魏志倭人伝に書かれている難升米のことだと思います。そして、大江山の鬼がすんでいた伝説になったと思います。

鬼畜のように日本人をののしっていますが、逆であることがわかります。古代の歴史は、いいとしても、第二次世界大戦の歴史は、調べ直さなければなりません。しかし、調べて教科書に書けば、中国は、「間違ったことを書いている。教科書を訂正せよ」というのですから、おそろしい国です。

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