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2005.06.10

古事記を読む  少名毘古那神と国作り その2

No93
故爾白上於神産巣日御祖命者。答告。此者實我子也。於子之中自我手俣久岐斯子也【自久下三字以音】故與汝葦原色許男命爲兄弟而。作堅其國。故自爾大穴牟遲與少名毘古那。二柱神相並。作堅此國。然後者。其少名毘古那神者度于常世國也。故顯白其少名毘古那神。所謂久延毘古者。於今者山田之曾富騰者也。此神者足雖不行。盡知天下之事神也。
翻訳
ここに、神産巣日の御祖命(ミオヤノミコト)にもうし上げると、答えて告げられました。「此は實の我子也。子の中に於いては、我の手の俣より久岐斯(くぎし)子がいた。だから、汝と葦原色許男命は兄弟となって、其の國を作り堅めよ」と言われました。
故にそれからは、大穴牟遲と少名毘古那と二柱神を相い並んで、此の國を作り堅めました。然て、その後は、其の少名毘古那神は、度于常世國(トコヨノクニ)に渡りました。そして、其の少名毘古那神を顯わし白した所謂、久延毘古(クエノヒコ)は、今は山田の曾富騰(ソフド)也。此の神は足を使えないと雖ども、盡く、天下の事を知っている神也。

① 神産巣日の御祖命—親である神産巣日でしょうか。
② 久岐斯—翻訳本では、「漏きし」と書いて、「くきし」と振り仮名があります。漏れると表現しますと、手の俣から漏れるぐらいですから、一寸法師となったのでしょう。
手から離れていったぐらいの意味ではないでしょうか。
③ 少名毘古那神---どうして「那」が撞いているのでしょう。よく判りません。
④ 常世國へ渡っていったということは、川があって、その向こうでしょうか? やはり、海の向こうに行ったのでしょう。
⑤ 山田の曾富騰---山田の案山子と翻訳本にあります。どうして、突然、山田の案山子なのでしょう。少名毘古那は誰も知らなかったのに、久延毘古は知っていました。だから、その後、久延毘古は物知りだといわれたのであれば、判りますが、歩けなくなって山田の中で、一本足で立っています。天下の事は何でも知っているとあります。やはり、なにか抜けているのでしょう。
または、曾富騰が、案山子だとの解釈が間違っているかです。

もとに戻って考えてみます。古事記を作る目的は、天皇家の歴史が、歪められているから、それを正すことです。それと案山子とどのような関係があるのか理解できません。
それにしても、この時代から、雀を追い払うことは大切なことであったらしく、この知識を知っていた所から、日本人の先祖はやって来たようです。さて、雲南省の苗族は、案山子を使っているのでしょうか?
確認の必要がありますが、どうして調べればいいものでしょうか?

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