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2005.06.22

古事記を読む    紀元

No100
紀元とは、年数を数える際の起点となる年を言います。普通はキリスト紀元(西暦)を言います。
 どの国にも、その国の始まりを表す紀元があります。例えば、
1.ローマ建国紀元---------紀元前753年
2.フランス共和紀元---フランス革命を紀元とする。1789年。
3.仏暦紀元---------------釈迦が入滅した年から。スリランカ、ミャンマー  紀元前544年を仏滅紀元元年。釈迦が入滅した一年後から紀元。タイ・カンボジア・ラオス。紀元前543年を仏滅紀元元年。
4.神武天皇即位紀元--神武天皇即位の年を紀元とする。紀元前660年。
5.中華民国暦----------1912年が元年
その他、ヒジュラ暦(イスラム歴)、ペルシア歴(イラン歴) などいっぱいある。

3,4のように、正確には紀元が判らないものもあるが、最も判らないものは、キリスト紀元(西暦)です。元年は、キリストが生まれた年ではありません。キリストが何時生まれたか正確なことは誰にも判りません。
正確でもないものを、現在では世界中で基準にして使っています。

西暦紀元は6世紀のローマの神学者によって算出されました。紀元0年が無く、元年(1年)より始まるのは、当時、まだゼロの概念が西洋に伝わっていなかったからで。この暦法はなかなか受け入れられず、西洋で一般化したのは15世紀以降と言われています。
ということは、キリスト教を信じる国で共通して用いられていたのではないことが判ります。
では紀元元年は、誰が決めて誰が使っていたのでしょう。
「新しい古事記の読み方」の元になっているのは、田村誠一著の「燦然と輝いていた古代」ですが、この書物の追加篇89ページに、田村氏は、「西暦は神武紀元」のタイトルで、西暦元年は、神武天皇が橿原で平和宣言した辛酉の正月のことだと記しています。

辛酉は、干支の一つで、「しんゆう」又は「かのととり」と読み、60年に一回巡ってきます。辛酉は政治的変革が起こるとされ、これを辛酉革命という。特に1260年に一度の辛酉の年には、国家的大変革が起きるとされた。推古天皇9年(601年)がその年に当たり、この年の1260年前である紀元前660年に神武天皇が即位したものとされた。
 日本書紀の編集者は、ただ此れだけで、660年前にしたわけではないでしょう。もっと大きな理由があったと思われますが、このことは、もっと、後のこととして、660年もどうして、ずらしたのでしょう。天皇の年齢が多すぎるところでは、干支がずれないように、60歳多くしました。古事記にはない、神功皇后のページを挿入しました。
100号記念に、「西暦は神武紀元」の結論だけ書いてみました。 古事記を読み進みますと、これは間違いであるとは言えなくなります。

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