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2005.07.05

古事記を読む  葦原中国の平定 ニムロッドの返し矢

No106
原文
【此還矢之可恐之本也】亦其雉不還。故於今諺曰雉之頓使本是也。
故天若日子之妻。下照比賣之哭聲。與風響到天。於是在天天若日子之父。
天津國玉神及其妻子聞而。降來哭悲。乃於其處作喪屋而。河雁爲岐佐理持
【自岐下三字以音】鷺爲掃持。翠鳥爲御食人。雀爲碓女。雉爲哭女。如此
行定而。日八日夜八夜以遊也。

訳文
 〔此を還(カエ)り矢の恐る可く話の本(モト)也〕亦、其の雉は還(カエ)らなかった。だから、今は諺に曰(イ)う「雉の頓使(ヒタヅカイ)」の本は是れ也。そこで、天若日子の妻である下照比賣哭(ナ)く聲は、風と與(トモ)に、天に響き到(イタ)りました。是に於いて、在天(アメ)に天若日子の父、天津國玉神及び其の妻子も聞いて、降りて來て哭き悲しみ、すぐに、於其の處に於いて喪屋を作りました。河雁(カワカリ)を岐佐理(キサリ)持ちとして、鷺を爲掃持ちとして、
翠鳥(ソニドリ)を御食人(ミケビト)として、雀(スズメ)を碓女(ウスメ)とし、雉を哭女(ナキメ)として、此の如く行いを定めて、日八日夜八夜(ヒヨカヨヤヨ)を遊びました。

検討します。
①還矢--天神に反逆したために、自ら放った矢が戻ってきて、その矢に当たって死ぬといった説話。この説話に似ている話として、メソポタミアのニムロデの説話があります。(金関丈夫氏)  中国においても、『史記』の殷の皇帝武乙の説話や、『戦国策』の宋の康王の説話などがこの形式である可能性が指摘されており(フランスの学者マスペロ)、また、インドにおいても、『賢愚経』巻一の王舎城の宰相の子恒伽達に関する伝承や、『法句譬喩経』巻一の倶曇弥国王優填の伝承などが挙げられている(金関氏)。
    このように見ますと、メソポタミア周辺(ユダヤやイラン地域)において起源し、それがインドあるいは中国を経由して伝播したと推測される。
    また、ギリシア神話にも、似た話があり、雉ではなく、白い羽をしたカラスが使いとして出かけ、アポローン神が放った矢が、コローニスの胸に当たったという説話があります。(『神話の系譜』大林太良著) 
      以上のことから、還矢の話は、どこの国にも共通して通商をしていたユダヤ人から得た説話を古事記に取り込んだと思われます。
② 死者の葬送の役割。  雁は死者のための食物を頭に載せる役。 鷺は箒を持って掃除役。翠鳥は死者に供える御饌を作る役。雀は米搗きの女。雉は泣き女。
    現在のお葬式では、泣き女は聞いたことはありますが、他の役はあるのでしょうか?

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