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2005.07.14

古事記 No108 閑話休題 編年体と記伝体

No108
編年体と記伝体は、歴史書において歴史的事実を表す方法の呼び方です。実例を挙げたほうが理解し易いので、代表をあげますと、『日本書紀』は編年体、『古事記』が記伝体で書かれています。編年体は、「何年何月に、次のようなことがあった」という形式で書かれています。日本書紀は、ただそれだけでなく、一書に曰くというような文章が書かれています。一書どころでなく、十書を越える記事が列挙されています。
 これだけ、いろいろの書物がありますが、それぞれの書物には、このように書かれています。しかし、添え書き以外の部分、即ち、日本書紀の作者が正しいと思っている内容は、本文に当たるところに書かれています。だけど、読者の皆さんは、他の書物を参考に掲げておきますから、ご自分で考えてくださいという雰囲気になっています。
 さて、一書ですが、一例も現実に残されていません。従いまして、書かれていることの真偽は確かめる方法がありません。他の一書に当たるものとして、古事記があります。記事に似ている部分が多々ありますが、この部分は古事記から借用したと思われるところは皆無です。それどころか、古事記も発行されてから、100年も行方が分かりませんでした。
 一書にあたる部分は、全部作り話であると断定する根拠はありませんので、実在したとします。では、なぜ、一冊も残っていないのか不思議なことです。
 随分、後のことになりますが、風土記という書物が残っています。どうやら、全部の国に、その国の様子を書いて提出するように命じたと思われますが、残っているのは、五ヶ国の風土記だけで、それも、完全に残っているのは、出雲風土記だけらしいです。
 そんなに、見事に無くなる事はありうるでしょうか? 日本書紀の他の資料と同様に、処分されたと考えるのが自然だと思われます。その理由は推察するしか方法はありません。その方法は、無くなったものからは推察できませんから、残っている風土記に何が欠けているかを調べることによって、ある程度推察できるのではないかと思われます。

私がこれまで接して来た書物では、日本書紀が編纂されたとき(720)、先進国と言われた中国や朝鮮は、国史は、編年体で書かれており、日本書紀はそれに加えて、「他の一書」が多いので、信頼おける。それに対して、古事記は記伝体で、書かれている記事が、正確には、何時の事実であるか判らないので、信用が置けないというものでした。外国の歴史書を全部ピックアップして、編年体で書かれているのか、記伝体で書かれているのか、確かめていませんので、正確には判りませんが、中国では、記伝体が多かったように思われます。
記伝体のほうが、一つの話題の記述は、流れが良くわかるのと、詳しいように思われます。
編年体の方は、年月が書かれていますから、どちらの事件が、先に起こったか理解し易いです。No13をもう一度、ご覧ください。この文章は、編年体で書かれた記事のうち、壬申の乱のときの天武天皇の部下の記事だけ抜き出したものです。このような事をすると、別の意味で真実が浮かび上がります。 研究する余地のある部分です。

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