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2005.07.29

古事記を読む  諏訪神社の年間行事

No115
1月1日早々、①歳旦祭、②若宮社祭を終えると、宮司以下神職一同、神橋の上に整列、
③蛙狩神事(カワズガリ)が始まる。
蛙狩神事とは、どのようなことをするかと言いますと、御手洗川に入った二人の人が、神鍬でもって川を掘り返し、蛙を見つける。川辺に待ち構える権宮司が、それを白木の三宝に載せて、幣拝殿に向かう。
拝殿正面の祭員が、受け取り柳枝の弓と篠竹の矢で、蛙を射抜きます。
この蛙を神前に捧げ、宮司が祝詞を捧げ、国家平安と五穀豊穣を祈る。
このように書きますと、なんでもない神事ですが、眠っている蛙を6匹捕らえ、串刺しにし,生贄にします。見ていますと少々残酷な気がしますが、元旦からしなければならないことでしょうか? 他の神社でも行われているでしょうか?
続いて、拝殿にて ⑤御頭御占神事が行われる。
御頭御占神事とは、御頭祭を司る村を占いによって決める神事です。10の郷から選ばれた郷を御頭郷といい、1月5日には、⑥御頭受の神事、11日には、御頭の村の社宮司社に⑦御符納(ミフオサメ)の神事がある。 このほかにも、
 『この日から、御頭郷は、村境に精進潔斎のため、境〆の幣帛が四か所に立てられる。村の御頭御社宮司社近くに、神使(オコウ)と奉仕する氏子、鹿人(ロクビト・料理人)などの住む「精進屋」という建物を作る。この建物に神長はミシャグジの神を降ろし、・・・・・3月の御頭祭まで準備にはいる』ここまで、長かったですが、宮坂光昭著 『諏訪大社の御柱』から抜粋しました。どれほど、大変なことをするのかということを知って頂くためです。神使は6人の幼童が決められ、14名の神代神主がきめられ、以後神事をおこないます。選ばれた村は、こうした決定を断ることはできず、一年間神事に携わることになります。大きな行事としては、其の他、11月28日の神使御立座神事です。この行事のことは省きますが、御頭祭に要するものは、江戸時代の記録では、鹿75頭、いのしし、兎、海産物など山海の珍味が用意され、千両の金子が必要であったといいます。
さて、問題の御頭祭ですが、行われるのは、4月15日です(以前は3月の酉の日)。
神前には当然、鹿の頭が供えられます。現在は75頭とはいかないそうです。想像するだけでも、凄い光景があったと思います。
日本の神社では、供物は稲を筆頭に、植物ばかりと思っていましたから、動物を生贄は一番気になるところです。これは外国から伝えられたと考えるしかないと思います。
気になる行事は、下社で、2月1日と8月1日に行われる遷座祭です。神社は春宮と秋宮がありますが、神霊は、両方に住むわけにいきませんから、この日に、神さんとともに、行列をして移動することになります。そのためには、神さんに神輿に乗って頂く事になります。冬に山で住んでおられた神さんに、お正月に里に降りていただき、田の神さんとなって貰い、収穫が済んだら山に帰ってもらうところと、少し似ているような気もしますが、
少し違うような気もします。 ミシャグジの神は外国の神でしょう。

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