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2007.11.06

No74 志摩に見られる難読地名

前回、志摩に見られる難読地名をあげておきました。読むことができたでしょうか?

今浦、本浦、浦村町 生浦おうのうら、石鏡いじか、国崎くざき、麻生おおの、相差おうさつ、畔蛸あだこ、安乗あのり、阿瀬あせ 波切なきり
安久志、安楽島あらしま-、加布良崎かぶらさき、千賀せんが、安来、的矢、阿津麻利崎、畔名あぜな、甲賀こうか、和具わぐ、越賀こしか、大王だいおう、御座ござ、阿児あご、英虞あご、飛海、立神たてがみ、麻倉島、阿曽あそ

波切---平城京から出土した木簡より、同地地名がいくつか発見されている。年代がわかっているもっとも古い木簡は天平17年(745年)であり名錐の地名が、それ以前と思われる(年代不詳)ものからは魚切里がそれぞれ見られる。平安期に書かれた和名抄にも名錐、神鳳鈔では名切、吾妻鏡では菜切と書かれている。
畔名--神鳳鈔に安瀬名とある。
立神---三重県の立神は、どのようにして名が付けられたか調べていません。
   参考立神コレクション  http://uub.jp/nam/tategami.html
  上の立神を眺めますと、鹿児島が多いです。鹿児島市内の立神をクリックしますと、近くに地名「日置」が見えます。一志郡一志町,にも 日置があります。

自分が、前もって読んでいた地名が。全く違う地名が多かったというだけのことです。

ただ、読むことができない地名は、ユダヤ人と関係があると考えているだけです。

大王は、イザナギと関係? 、御座は、天皇がおられた所?
その他には、「あ」と「お」の字がつく地名が多い?
海岸に近いところが多い。
阿曽あそは、阿蘇と関係はないか?

このようなことから、
①神武天皇が東征のとき、一時おられたのでは?
②ユダヤ人も住んでいたのでは?
③測量の得意な日置さんが、おられたのではないか?
  今後の研究課題です。

日置地名 http://homepage2.nifty.com/mino-sigaku/page179.html
随分、以前に調べようとして断念したページです。

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