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2007.11.15

No77 瀧原宮と瀧原竝宮と多岐原神社 3

No76からの続きです。
疑問その2  
「宮川下流の磯宮をお発ちになり、上流の方に御鎮座の地を求めてお進みになると」
とありますが、「宮川下流の磯宮」とは、どこでしょうか?

日本書記の垂仁天皇の25年の所に、「到伊勢国。時天照大神誨倭姫命曰。是神風伊勢国。則常世之浪重浪帰国也。傍国可怜国也。欲居是国。故随大神教。其祠立於伊勢国。因興斎宮于五十鈴川上。是謂磯宮。則天照大神始自天降之処也。」と書かれています。アマテラスが言われるには、「・・・・傍国の美しい国だ。此の国に居りたい。・・・・伊勢国にその祠を立てられた。そして斎宮を五十鈴川のほとりに建てた。これを磯宮・・・・」と。
ということは、今の内宮を磯宮と読んだことになります。
 しかし、内宮は、五十鈴川の下流にありますが、宮川下流にはありません。もし、磯宮が内宮であれば、「上流の方に御鎮座の地を求めてお進みになる」必要はありません。
瀧原宮 参拝のしおりに書かれている磯宮は、倭姫命が御巡幸した中に、磯宮・伊蘓宮がありますから、これかも知れません。
三重県伊勢市磯町1069 に 、磯神社があります。ここも以前は、違うところにあったそうですが、この神社ですと、「宮川下流の磯宮」に一致します。しかし、磯神社は伊勢神宮の百二十五社に入っていません。

「宮川下流の磯宮」は、磯神社でもなく、日本書記に書かれているように、先ず、宮川の下流に、祠を建て、近くに斎宮を建てたのではないでしょうか? このことは、また、別の機会に書こうと思っています。

疑問 その3
「両宮とも皇大御神の御魂を奉斎しているのは、」とあります。御魂とは、どのようなものでしょうか? 又、広辞苑で調べることになります。ミタマで検索しますと、「御霊」はありますが、「御魂」はありません。他の方法で調べますと、
神の御魂(みたま)には「荒魂」(あらみたま)としての働きと「和魂」(にぎみたま)と言う
働きがあると考えられているとあります。

荒魂とは神の荒ぶる魂であり、天変地異を引き起こし、伝染病を流行らせ、人心を荒廃さ
せて戦争へと駆り立てるのです。これに対して、和魂とは優美で穏やかな魂を指し、人間
に自然の恵みをふんだんに与え、人類社会を平和に導くのです。
さらに和魂には「幸魂」(さきみたま)と「奇魂」(くしみたま)と言う二種類の作用がある
とされていますが、簡単に申し上げますと、幸魂は狩りや漁の収穫をもたらすものであり、
奇魂とは、人間に不思議な奇跡をもたらすものとされています。・・・・・と解説されています。これは、「御霊」とは確かに違うような気がしますが、一層理解困難になります。
ご由緒は、いい加減なことを書いてと思っていましたら、この文章の元になるものは、伊勢神宮に残されている【倭姫命世記】というものと、殆ど内容が同じであることが、判りました。
次回は、【倭姫命世記】のことを書いてみます。

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