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2008.07.19

ヒルゼン古事記 吉井川、旭川と高梁川   page—17

〝地図が解いてくれた倭国と邪馬台国〟で大呂の玉鋼は日野川から津山に運ばれ、ここから吉井川に下ったとかきました。 このルートの上に鍛冶屋の集落を置いて武器に加工されました。鍛冶屋に必要な木炭をつくるため、米の出来ない所にも福のつく地名が誕生します。福のつく地名はなくても理由がいります。
 地図を眺める上で福ノ神族の流れに気をつけて欲しいのです。吉井川でも支流の加茂川と院庄から上流に福ノ神族の分布が見られません。この上流には無用でした。
 旭川と落合と福渡間には同じく分布がありません。これは旭川は下流まで下ら無かったことです。
 高梁川の高梁から上流に福ノ神族がありません。従って高梁川の支流、小田川の流域の福ノ神族は玉島付近から入植した、第三グループの福ノ神族になります。
 
同じ高梁川でも東岸の人はむしろ第二グループと考えたいのです。広域の地図でしかも小集落の地名が分からないと判定は困難です。

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