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2008.09.15

地名---上神・国府・大谷・寺谷・大谷茶屋

国府の説明を書こうと思いますが、難しいので、『ウィキペディア(Wikipedia)』より借りてきます。
国府

律令制において、国司が政務を執った施設を国庁といい、国庁の周囲は塀などによって方形に区画されていた。国、郡、城柵で政務の中心となる建物をまとめて政庁というので、国庁もしばしば政庁と呼ばれる。国庁とその周りの役所群、都市域を総称して国衙(こくが)、国府という】
 741年に聖武天皇の詔によって、全国の各国に、国分寺と国分尼寺を造るように命令されたことになっています。全部調べたわけではありませんが、今までに、知った国分寺は、その国の真ん中に造られ、しかも、洪水などになり難いようなところに造られていると思います。
 倉吉市の地図をみて、上神・国府・大谷・寺谷・大谷茶屋の地名を見つけてください。
少なくとも、伯耆国においては、国府辺りが国の中心だったと考えていいと思います。
「国府」は、「こくふ」と読む所がありますが、ここでは「こう」だと思います。近くに「国府川」が流れており、「こうかわ」と呼ばれているからです。どこの国の国府でも、国府は室町時代に完全に消滅し、ほとんどが所在不明となりましたから、「国府」をどのように読むかさえ分からなくなりましたが、川は流れ続けましたから、川の名前は、残されたと思います。
 本当に、この辺りには、多くの人が住んでいたのか、また、どのような人が住んでいたのか?  確かめる気になっています。

 ① 国分寺古墳      所在地:国府 国分寺
 ② 三度舞大将塚古墳  所在地:大谷
 ③ 上神大将塚古墳    所在地:上神
 ④ 猫山古墳群      所在地:上神
 ⑤ 寺谷3号墳      所在地:寺谷
 ⑥ イザ原古墳群     所在地:大谷茶屋

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