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2008.09.07

資料No25 長瀬高浜遺跡

この遺跡は、鳥取県東伯郡羽合町長瀬字高浜にあります。
 遺蹟のあった高浜は鳥取県中部の北条砂丘の東端に位置します。現在は標高4mぐらいですが、最高の所では、16mほどあったそうです。と、清水真一氏は、『古代文化』1983春に書いておられます。ところが、ここを掘り下げますと、ほとんど何もない白砂があり、
この下1mの黒砂があり、この中に古代人の生活の痕跡が、ぎっしりと詰まっていたと書かれています。
北条砂丘は、古事記の天孫降臨の所に書かれてある「ここは韓国に向かひ、笠沙の御崎を眞来通りて、朝日の直刺す国、夕日の日照る国なり。故、此処は甚古き地」と書かれてあるところだと思います。天孫降臨の地は、どう言うわけか、宮崎県の日向ということになっています。
 いせきには、行ったのですが、時間がなく、資料館のみを見てきました。

Photo

出土品はここ羽合町歴史民俗資料館に展示・保管してあります。購入した冊子にすばらしいものもいっぱいありました。
 先ず、地図をご覧ください。東郷池は、海抜ゼロmです。直線は道路ですが、殆ど、4mになっています。神武東征が行われた紀元前は、この部分は、海であったと思われます。
 遺蹟の位置は、天神川の右岸、地図で見ますと、一番上の左に記しが付いたところです。(地図は、『古代文化』1983春から無断借用です) 

 内容をざっと、頭に入れるために、パンフレットから借用です。
この遺跡は、1977年(昭和57年)から7年間行われた発掘調査は約5万㎡にものぼり、これまでに弥生時代から奈良時代の竪穴住居址や掘立柱建物、井戸などの生活の跡が200棟以上、弥生時代から奈良時代、そして中世の墓が合計300基以上を数える他、弥生時代の菅玉をつくる日本最古と言われる工房跡や大型高床建物跡、埴輪群が見つかりマスコミをにぎわせました。遺跡の中心は1500~1600年前の古墳時代の集落と古墳群で、その密集度は県下随一です。出土品も出ないものがないと言われるほど種類も量もぼう大なもの。
大部分が弥生土器、土師器、須恵器などの土器ですが、その他石や鉄でつくった農工具や漁労具、刀・鉄鏃・玉などの副葬品、小型の銅鐸や銅剣、小型の鏡などの祀りの道具も多数出土しています。
このように長瀬高浜遺跡は古代史を考える上で大切な資料を示してくれる貴重な遺跡です。天神川流域下水道終末処理場と国道9号北条バイパスの建設に伴い、記録保存という形で広い範囲で消滅しましたが、1号墳は処理場内に移築され、出土品はここ羽合町歴史民俗資料館に展示・保管しています。

次回に、私の思いを交えながら、紹介します。9月は、2回連休がありますので、出来ましたら、一泊して、ゆっくり回られたらと思います。 

参考ホームページ 写真がいっぱいです。http://inoues.net/ruins/nagasetakahama.html

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