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2008.09.02

ヒルゼン古事記  笠松の国—末ロ国 page—49

境港を中心にした所は、スサノオの命の、根の国堅州でした。根の国軟州は米子です。ぎ志倭人伝では、根の国堅州は、笠松の国と呼ばれました。
 これを〝ぎ〟の使いが、末ロ国と速記して帰りました。日本語の発音を、米人が速記するのと同様、難作業でした。
 この時の速記は、正確に全音を、漢字にしたのは見当たりません。特長ある発音を漢字にしたとすれば、一大率を置いた国名から、先にくせを見付けることです。
 美保崎は関の五本松で有名です。これは境港を対外的に知らせる地名のより所にすることが妥当でしょう。
 昔には、笠松すなはち一本だけ、山の上に生えていました。これが枯れたら、旧株があるから、数本の松が周囲に育ちます。これが五本松になったと考えて、一人で納得しています。
 笠松国が日本の玄関でした。日本海随一の良港は今も昔も変わりません。昔の良港の様子は、あべこべに支那から教えてくれました。

私から一言---地名はどのようにして付けられたかは、案外、このようなものだと思います。
 それを最近の学者は、こんなことでは、学問になりませんから、詳細に分析し過ぎています。仮に、簡単な桶のようなものに乗って、こぎもしないで、対馬辺りを出ますと、数日で、本州と島根半島 当時は、島だった筈です)の間を通過し、笠松が見えて上陸したことでしょう。
 もっとも、この頃に、松があったのかどうかが問題です。

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