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2008.09.05

ヒルゼン古事記  玉島の国—投馬国 page—51

〝地図が解いてくれた倭国の邪馬台国〟では、吉備の国と申し上げました。末ロ国から南に水行二十日です。
 日野川は多摩鋼を運んだ重要な水運の便のある川です。神武東征の時の舟もこの川の沿岸で作られました。
この日野川を遡ったら、すぐ高梁川が始まります。この川を下れば川口の西側が玉島です。がはじまりです。
ぎ志倭人伝には人口五万人と書かれました。日本の人口が百万人とも云はれた時代に、この人口の謎を解く必要があります。
 国土地理院の井原と玉島が役立ちます。福山を流れる芦田川と高梁川の支流の小田川の流域が、玉島国すなはち投馬国だったのです。 
 井原の地図を眺めると、神社と寺が200米おき位に見付かります。後3世紀に五万戸あったことは、うかがわれます。
 この付近は山陽線の走っている所は古代には全て海でした。これを念頭に入れて地図を眺めてください。

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