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2008.09.20

ヒルゼン古事記  卑弥呼以って死す page—57

久米国と舞鶴国が、日本人の国でなかったことを〝ぎ志倭人伝〟が明記したのに、誰も気付かなかった位、日本人は、お人よしです。
 舞鶴国の使いは帯方郡に行きました。これが如何に重大問題だったかは、帯方郡で決を出さなかったことで分かります。
 〝ぎ〟から沢山の使を舞鶴に派遣したのです。詔書は卑弥呼に直接ではなく、総理大臣に渡されました。これまでは文書は舞鶴国王に渡されていました。異例であり,わざわざ〝ぎ〟から使を出したかが、謎解きの鍵です。
 卑弥呼に死を賜ったのです。倭人、すなはち全駐留軍には〝兵に告ぐ〟のげき文が出されました。
 近畿政略の目的のためには、久米国の軍部の肩をもつものは、妥当な、採決です。この時には久米国は、帯方郡に使を出して、うったえていません。軍部の強いのも、昔からの例でした。
 この後始末は、みなさんの話題の種だから書くことをやめましょう。

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