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2008.09.25

ヒルゼン古事記  草戸千軒 page—60

福山市内を流れる川が、芦田川です。この町にも〝福〟が付きました。この市内の芦田川にそって、昔草戸千軒が繁栄を、誇っていました。
 詳しいことは〝広島建の歴史〟61頁、〝山陽の古代遺跡〟227頁に譲りたい。
 芦田川流域の玉島国にやって来た、福ノ神族は第三グループと申し上げた。この人達は、福山で船を下りたでしょう。
 玉島国の人々は、大和朝廷では重要なポストには、つけなかった筈です。ヤマト西大寺は軍都で、福山は商都としての性格をもっていたと考えれば、いかがでしょう。
 草戸千軒の、初期の人々は芦田川流域から移り住みました。そしてここで成功して、神辺平野の各地の故郷に、寺を寄進したと思われます。この平野の廃寺は、大和ではなく、草戸で交易で成功した人達にサポートされ、洪水で主を失いました。
 古代の都市や国の興亡が、ある日突然発生することは、ヒルゼン以外にもありました。
 

私から一言---廃寺は兎に角、大きな物がありますから、このような考え方は、して見ることです。米を作っていただけでは、説明が付かないでしょう。鉄も水銀も絹も大いに交易されていたと考えますと、あり得ます。
 ただ、洪水は、考古学で、解り易いと思うのですが、それほど、多く発表されていません。
こんなバカなと思いながら、読むのを止めようと思っておられる方も居られるでしょう。
 田村氏は、これを書かれた時は、何歳だったでしょう。明治40年ぐらいのお生まれだったと思います。広島県の歴史〟や〝山陽の古代遺跡〟のほか、膨大な本を読まれながら、実際に芦田川を歩かれたと思います。そして、心は、1800年前に居られます。

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