高天原 page—27
第二話 地図が解いてくれた倭国と邪馬台国のなぞ
高天原 page—27
高千穂までは国土地理院の地図でたどりついたが高天原は地図にはない。高千穂に下ったのだから高地をさかせばよいのである。
これは〝 神々のふるさと ヒルゼン〟に述べておいたが中蒜山の中腹の台地で蛭宮の地名の所である。国土地理院の以前の地図には示されている。
ヒルゼンに高天原があったといくら口や文書で述べても無駄である。百聞一見に如かずのことわざ通り地形から地質、植物の生態、太古の湖水あと等を自から調べられることである。京都よりもはるかに広い耕地面積である。芦の繁っていた恐らく近畿以西では稲作の出来る最も広い所と見えた筈である。
古事記に出てくる真名井も天ノ岩戸も昔のままである。天ノ香久山とそっくりの姿の山もある。この山だけがなぜ雑木林が生え鹿が居ったかは生態学の問題である。
ヒルゼンが高天原に選ばれたのは素晴しい立地条件の知識があったと考えたい。しかし、火山灰でおおはれ、不毛の地だったのだ。


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