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2008.11.01

地名 亀甲

10月27日に書きました小波のすぐにしにある地名です。
この辺りは、海抜4~5mぐらいですので、江戸時代には海の底かと思っていましたが、亀甲神社が現在あり、その資料は、次のようになっています。

亀甲神社  
 鎮座地 西伯郡大和村大字中間字海道ノ上  地図

現在地 鳥取県米子市淀江町中間642番

祭神 須佐之男命
由緒 創立年月不詳、神木を以て荒神宮と称す、大神山神社の摂社たり、明治元年神社改正の際廃社となりしを、同十二年十一月許可を得て再興し、亀甲神社と改む。

従いまして、江戸時代にはあったと思われます。
当初は、「神木を以て荒神宮と称す」とありますので、亀甲神社とは呼んでいなかったと思われます。明治12年に亀甲神社に改められましたから、亀甲という地名が神社より先にあったと思われます。

亀甲という地名は、全国に、次のように確認しています。

 ①大分県臼杵市野津町亀甲 
http://www.navitime.co.jp/address/44206047000
歴史上における「野津」という地名の成立は、11世紀中頃ではないかと考えられています。  少し時代は下りますが、13世紀の土地台帳によると、「野津院(=大友氏の荘園)」は60町(現在の60ヘクタール)で、大友一族の定住と開発が伺えます。(臼杵市ホームページより)臼杵市ホームページより 海岸線より内陸部ですから、造船と関係ないか?

②弘前市亀甲町
慶長8年(1603年)藩祖為部が新城築城とその城下の建設に着手した最初の町割りが当地であったといわれ、兵法にいう城を守る四神(東西南北の神)の北の神玄武(亀のこと)にちなんで命名されたと伝えられています。

③岡山県久米町 周りに、久米、神代、公文、神安、桑下、桑上 の地名あり。
④岡山県中央町(かめのこう)  岡山県久米郡美咲町原田にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)津山線の駅である。駅近くに亀の甲羅のような岩(亀甲岩)があることから「亀甲」の名がある。

⑤福岡県八女市
  山の中で、近くに川も存在しないから、亀甲舟とは関係なさそう。
⑥熊本県玉名市
 菊池川上流ですから、亀甲船に関係あるかも知れません。
 http://www.mapion.co.jp/c/f?nl=32/55/30.446&el=130/33/19.702&scl=25000&uc=1&grp=all&coco=32/55/30.446,130/33/19.702&icon=home,,,,,
⑦熊本県筑後市 

⑧大分県

⑨青森県弘前市亀甲町(かめのこ)

⑩山梨県

⑪鳥取県米子市淀江町 
小波浜と亀甲は、以前は繋がっていたのではないでしょうか? 現在の地図を眺めてください。斜めに、道路が走っています。この道は古い証拠です。この辺りは、-殆ど、海抜4mですが、亀甲にあった荒神宮は明治元年神社改正の際廃社になったとあります。しかし、亀甲には社はあったので、同十二年十一月許可を得て再興し、亀甲神社と改むとありますから、亀甲は存在したと思われます。
許可を得てとは、どのような事情があったのでしょう。

亀甲船と云うものが有ります。
李舜臣行録に、次のように書いてあるそうです。
「亀甲船の大きさは、板屋船(当時の主力戦艦)とほぼ同じく上を板で覆い、その板の上には十字型の細道が出来ていて、やっと人が通れるようになっていた。そしてそれ以外は、ことごとく刀錐(刀模様のきり)をさして、足を踏み入れる余裕も無かった」、「前方には竜頭を作り、その口下には銃口が、竜尾にもまた銃口があった。左右にはそれぞれ6個の銃口があり、船形が亀のようであったので亀甲船と呼んだ」、「戦闘になると、かや草のむしろを刀錐の上にかぶせてカモフラージュしたので、敵兵がそれとも知らず飛び込むとみな刺さって死んだ。また、敵船が亀甲船を包囲するものなら、左右前後から一斉砲火をやられた」
 軍艦と思えばよいと思われます。

伯耆の亀甲では、この亀甲船を造っていたのではないかと想像しています。上に書きました亀甲船は、朝鮮人が造ったとされていますが、伯耆では、紀元前150年頃に造っていたのではないかと思っています。そのときは、もっと、小さいものだったのではないでしょうか?
上に書かれた構造では、亀の甲羅の様に、身体が見えないようにした船と云う事になります。
 想像するに、そうではなく、船の形が六角形だったのではないでしょうか?
そのため、前後、どちらでも進むことが出来た。狭い河では、一々向きを変えなくて進むことが出来たので、機動力に富んでいたのではないかと考えています。

この船で、溝口町の白水、大滝、吉原まで、遡って蒜山高原まで物資を運んでいたのではないかと想像しています。と云う事は、軍艦ではなかったと考えています。溝口まで遡った船は、白水川に入り、遡ったと想像しています。
 大滝、吉原のあたりは、イザナギが禊をしたところではないかと想像しています。 
 どうして、このような発想になるかは、日を改めて書いてみます。

 伯耆以外では、岡山県久米郡美咲町原田は、山野中ですが、天皇の軍隊である久米族が住んでおり、ここで船を造っていたのではと、夢見ています。 
駅近くに亀の甲羅のような岩(亀甲岩)があることから「亀甲」の名がある。と云うようなことで、果たして、街の名前になるでしょうか?  

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