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2008.12.21

邪馬台国  page—53

第二話  地図が解いてくれた倭国と邪馬台国のなぞ
邪馬台国  page—53
  〝美作の国吉井川〟は津山までの高瀬舟が中国鉄道にとって変ったドラマである。この吉井川は2000年昔に渡来民族によって、流域が開拓された。
 農業革命の推進役を果たしたのである。ヒルゼンも倉吉平野も米子平野も同じ渡来民族が開拓したのである。
 米子から津山までも同じ渡来民族が沿道に住み鍛冶屋が多いのである。
 〝ぎ志倭人伝〟は末ろ国から邪馬台国まで陸行一月としたのは津山までを指す。吉井川を十日で下った所が邪馬台国である。
 邪馬台国えのメーンルートは瀬戸内海経由ではなく津山経由だった。
 邪馬台国の都も必要だ。これは地図に古都の地名でひっそりと残されていた。古都の真中を山陽新幹線が貫通していたのである。
 神代と云はれた時代も古事記と「ぎ志倭人伝」のお蔭で大要が地図で分かった。弥生時代はやはり邪馬台国で幕明けされたと云はざるを得ない。

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