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2008.12.07

宣戦の詔直

天皇による開戦の宣言を「宣戦の詔直」と呼んでいます。たとえば、明治38年10月16日に、露国に対して宣戦布告したものが残っています。
〔日露戦争宣戦詔書]http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/nitirosennsenn.htm
〔露国に対する宣戦の詔勅〕
http://www.jacar.go.jp/nichiro/sensen.htm
ところが、第二次世界大戦の時は、宣戦布告はなく、日本はアメリカを騙し打ちにしたとされ、それが正しいことになっています。いわゆるハワイの真珠湾を奇襲したことを指します。
 一旦、アメリカがそのように、日本に抗議し、殆どの日本人もそのように考えていますが、田母神空幕長の論文をきっかけに、もう一度考え直しても良いのではないかと思います。
その理由は、田母神空幕長が論文を発表したときの政府とメディアの反応の仕方があまりにも、異常だったからです。世論が、気が狂ったように、片寄るときは、なにか、隠し事を暴露されそうになった人が、それを蔽い隠そうとすることが多いからです。

第二次世界大戦のときに、終戦の詔直は、有名です。ラジオで何度聞かされたことでしょう。
開戦も1941年12月8日11時40分に発表されたとされています。
この発表に先立ち、同日、午前7時に、大本営が「帝国陸軍ハ本8日未明、西太平洋ニ於テ米英軍ト戦闘状態ニ入レリ」とラジオで国民に開戦を報せています。

時間的に、天皇の「宣戦の詔直」の方が、遅いことになっています。

戦争を始めてから、「宣戦の詔直」を作ったのか、戦争には、国としての宣戦布告は、必ず必要なものなのか、知らないことだらけです。
 少しずつ、考えたことを書いてみます。    

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