第四話 伯耆と出雲 〝邪馬台国〟 21page
〝地図が解いてくれた倭国と邪馬台国〟で古事記の国譲りの時に、倉吉の高千穂から、タケミカズチの命が米子方向に攻めたと述べた。出雲と伯耆は敵対関係だと申上げた。
〝邪馬台国〟154頁にA型血液型の分布が書かれている。島根県と慶尚南道の血液型が全く同一である。従って出雲人は古代に南朝鮮から渡来したと考えてよいだろう。
水野氏の〝日本民族の源流〟に、頭型の長幅示数分布と血液型の分布が左の如く示されている。隠岐と伯耆は、頭は同一で、隣りの出雲とは著しく異なる。更に伯耆と同一の頭の人はデルタ地帯に多い。これこ福ノ神族の立証である。出雲と伯耆は異民族だ。
左記のA型の血液分布は〝邪馬台国〟に載せられたもので、新羅と出雲は同一民族で九州よりも交流が密接なことの証明だ。
福ノ神族が隠岐から南下して、倉吉に上陸した。後日出雲を攻略した、小生の説を立証してくれている。漢倭奴国王印は九州がもらう理由は全くないと云えないか。



Comments
安来の比婆山や安綱の工房跡に思いを馳せたくなりますね。
Posted by: 工作機械屋 | 2009.03.10 at 10:11 PM
そうですね。島根県安来市にある比婆山の久米(熊野)神社の社額には雲伯堺比婆山と掲げられており、伊邪那美神の神陵が神社の背後にあるらしいです。
Posted by: 山陰旅人 | 2009.03.22 at 12:49 PM