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2009.07.05

古事放談 4-9

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倭国ゼロ世紀 第12話 河を忘れた古代史
古事放談 4-9
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古墳時代の前期、中期、後期と云われてもはたして何天皇の御世だか分からない。考古学と歴史学の接点が見付からない位おかしな話はないが古墳の年代が絶対年でない限り、アベコベに接点があったらおかしいのである。
 古墳から出土した漢の銅鏡と古墳時代が200年も違うこと位不思議なことがあるだろうか。
 弥生時代の遺跡で同じ様な土師器が出ればなぜ同期であり、古墳で中国と日本書紀で同年代の漢の銅鏡が出ても同時期と云ってはいけないのである。
 古墳から出た刀は北鮮と同じでも、北鮮は
長期に中国の植民地だった以上中国の武器と呼ぶべきではないか。
 将軍は中国人で、帯方郡と同じ様な占領政策が、帯方郡が独立して高句麗となった以降も河内で行われていたのである。
 魏志倭人伝で魏と使訳通じる所30余国と書かれたのは、全国に分布した例えば三角縁神獣鏡が出土した所が候補地と考えたいのである。

一言---古墳から出土した漢の銅鏡と古墳時代が200年も違うこと位不思議なことがあるだろうか。

どうしてこのようになるかとて言いますと、紀元前から、人々は、関東から九州まで、多くの人が行き来していたのに、そのように思わないから、土器は、同じところから動かないと思っているからです。出土した土器でその遺跡の存在した時代を決める考え方は、止めませんと、外国から日本の歴史は認められないと思います。

 同様に、世界の人が、日本へやってきていたのに、あまり認めたくありません。

昨日、奈良の西大寺でイスラム陶器が見つかりましたが、つぎのようなタイトルになります

国内最古イスラム陶器、奈良・西大寺で出土
「海のシルクロード」で平城京へ
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20090704-OYO1T00313.htm?from=top

「海のシルクロード」は勿論あったでしょうが、証拠は残っていません。中国から雲南を通って、ビルマ経由の方は、絹が運ばれていた証拠は残っています。

古代の人は、世界中を移動していたと考えませんと、世界史に置いていかれます。

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