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2009.11.30

三貴子

天照大神と月読命とスサノオの命は、三貴子と古事記では呼ばれている。前稿で出身地は三人三様と申上げた。
 これが日本民族は何所から来たのかの、ヒントにならないだろうか。以下は想像である。
 天照大神は別稿でも述べた様に、揚子江流域の華南人で、周時代の呉の太伯の子孫だろう。このことを思金の命の使いが、57年に漢の皇室に告げた。出たら目では困る。何等かの根拠を示したから、金印までもらったのである。
 スサノオの命は高麗人だ。米子平野に淀江町の近くに高麗村がある。この平野の地名は大国村、大和村、大袋村、高麗村と、同時代に名付けられた愉しい地名の一つが、高麗村でしかも、この付近は発音は大和言葉だ。
 この時代高麗人の人が来ていたことになる。
 スサノオの命はこの一人だったことになる。
 大正二年に発行された。〝大日本神祇史〟(佐伯有義著)584頁に宮内省で祭っている神が載せてある。韓神社二座と園座社で、韓神社の祭神はスコナヒコと韓神だった。

田村誠一著  昭和56年4月3日発行 61ページ


私から一言---以下は想像であると書いてありますが、鋭いと考察だと思います。古い地名は、殆ど、2文字か3文字です。朝来(アサゴ)、阿蘇(アソ)、新井(ニイ)、与謝(ヨサ)、養父(ヤブ)。
この付近は発音は大和言葉だの表現はバツグンです。
韓神はスサノオの子供の大年神と伊怒姫(神活須毘神ノ娘)の間に生まれた人です。このことが古事記に書いてあることが、古事記の凄いところです。
神活須毘神の名前の前に、「神」が付いています。ユダヤ人の血統を表すと考えますと、いろいろと辻褄が合うことになります。

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