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2009.12.27

悪書「日本書紀」(4)

ニギハヤヒの命は先に大和を占領していた。ナガスネヒコは、ニギハヤヒが一人しか居らない、天ツ神と信じて、部下となったのである。しかし、あとで神武天皇も、天ツ神だと知って驚いた。
 神武天皇はニギハヤヒの命を征伐するために東征の途に上った。この時の軍隊が天ツ久米命の子孫である。
 ニギハヤヒの子孫が物部である。物部は丹波に居って、崇神天皇と戦って敗れた。これは魏志倭人伝で詳細が分った。伊都国の軍隊は物部で、狗奴国すなはち久米国の軍隊と戦ったのである。
 ニギハヤヒは吉備下道国に、久米国を攻めるゲリラを導入した。従って吉備二ヶ国の和睦は、ニギハヤヒの計画失敗である。
 物部の都合の悪い記事は日本書紀から抹殺され、物部の手柄話は古事記になくても、日本書紀に載せてある。
 吉備下道国は一時は久米国の敵だったから物部の残党が居った。これを念頭に置いて、古事記と日本書紀を読めば古代史は解ける。

田村誠一著 第六話 正史だった古事記 19ページ
発行日 昭和56年6月10日

私から一言----悪書「日本書紀」のタイトルで、4回続きました。私は悪書と云うよりは、これを作った藤原不比等は、頭のよかった人だなと感心しています。人間、このようにしたいと思ったら、何事でもどのようにでも出来るのだなと思いました。

古事記と日本書紀を比べますと、いろいろのことが分ってきます。
 私がなにを云おうが、誰も信じられないでしょうが、日本書紀に書いたことを正しいと思わせる為に、あらゆることをしたようにしたと考えています。
 式内社の祭神は、すべて、日本書紀に書いてある神の名に書き改めました。全国の神社全てを書き換えることはできませんでしたから、全ての神社を検証しますと、そのことが分ってきます。奈良の大神神社、茨木市の溝咋神社、天理市の石上神宮なども、何もないところに造ったと考えています。
 勿論、造ったときは、現在のように立派な建物があったわけではありません。

石上神宮は、これから考えて見ようと思っています。神社の資料は、厖大なものですので、、出来次第、追加しながら、「おかしな世の中」http://asilka.blog61.fc2.com/
に掲載しようと思っています。
 この神社は物部氏を祀っていますが、この集団のことは、歴史家はだれも解明して居られません。
 神武天皇が、長いことかかって、征伐した筈のニギハヤヒは、天孫族だったことになり、悪ものは、一人、長髄彦だったことになっています。
 これほど、おかしい話はありませんが、現在の石上神宮を訪れた人は、私のようなことを云う気にならないと思います。

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