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2010.04.14

崇神天皇の妹だった卑弥呼(1) 

崇神天皇が生れた年代が西暦150年でよかったとなれば、卑弥呼は、崇神天皇の兄妹のミマツヒメの命が該当することになる。
 ミマツヒメの命はオオビコの命の息女も同名異人だったから注意されることだ。
 別稿で卑弥呼が亡くなった248年には、百十才位になっていたから、難升米に殺され替玉が使われたと書いたがこれは間違いで、卑弥呼は248年には、96才位だった。
 朝鮮の三国史記新羅野173年に、卑弥呼が表敬の使者を出したと書かれていた。この時崇神天皇は23才だから、ツマツ姫は21才位だったろう。新羅に丹波の大江山から、親の使者を出してもおかしくない立場の女性ではないか。
 魏志倭人伝は正確に卑弥呼の行状を書いている。天照大神の墓守りの、巫女として、倭人伝を理解することだ。
 ひみこが一生結婚しないのも当然だし、男子を遠ざけ、辞を伝えないと、入室出来なかったのも常識である。神のお告げを、「鬼道を事とし、衆を惑わす」と悪口を書いた。


田村誠一著 第七話 崇神天皇の妹だった卑弥呼 25ページ
発行日 昭和56年
7月3日(1981)

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