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2011.05.25

資料 古墳 箸墓古墳 (3)  被葬者は倭迹迹姫命

もう一度、日本書紀に書いてある「三輪山伝説」を書きます。

倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめ)、大物主神(おほものぬしのかみ)の妻と為る。然れども其の神常に昼は見えずして、夜のみ来(みた)す。(少し、この部分に間を設けます。)

倭迹迹姫命は、夫に語りて曰く、「君常に昼は見えずして、夜のみ来す。分明に其の尊顔を視ること得ず。願わくば暫留まりたまへ。明旦に、仰ぎて美麗しき威儀(みすがた)を勤(み)たてまつらむと欲ふ」といふ。大神対(こた)へて曰(のたま)はく、「言理(ことわり)灼然(いやちこ)なり、吾明旦に汝が櫛笥(くしげ)に入りて居らむ。願はくば吾が形にな驚きましそ」とのたまふ。ここで、倭迹迹姫命は心の内で密かに怪しんだが、明くる朝を待って櫛笥(くしげ)を見れば、まことに美麗な小蛇(こおろち)がいた。その長さ太さは衣紐(きぬひも)ぐらいであった。それに驚いて叫んだ。大神は恥じて、人の形とになって、其の妻に謂りて曰はく「汝、忍びずして吾に羞(はじみ)せつ。吾還りて汝に羞せむ」とのたまふ。よって大空をかけて、御諸山に登ってしまった。ここで倭迹迹姫命仰ぎ見て、悔いて座り込んでしまった。「則ち箸に陰(ほと)を憧(つ)きて薨(かむさ)りましぬ。乃ち大市に葬りまつる。故、時人、其の墓を号けて、箸墓と謂ふ。(所々現代語)

倭迹迹日百襲姫命は大物主神の妻と為ると書いてあります。
 そして、その後に、倭迹迹姫命を大市に葬りまつると書いてあります。
 
 文章は続いていますから、誰が読んでも、倭迹迹日百襲姫命と倭迹迹姫命は同じ人物ですが、違うことになります。
 
 では、倭迹迹日百襲姫命は、どのような人物なのか、倭迹迹姫はどのような人物なのか、知る必要があります。

ウィキペディア名よりますと、次の様に書いてあります。
倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと、生没年不詳)は、孝霊天皇の皇女。
『日本書紀』では、母は、倭国香媛(やまとのくにかひめ)。同母兄弟に、倭迹迹稚屋姫命、彦五十狭芹彦命らが、異母兄弟に孝元天皇がいる。『古事記』では夜麻登登母母曾毘売命。同母兄弟に日子刺肩別命、比古佐勢理毘古命、倭飛羽矢若屋比売がいる。
崇神天皇からみますと、夜麻登登母母曾毘売命は、叔母になります。
 読み過ごさないで、古事記でも、日本書紀でも、各天皇の子供の名前と人数を確認してください。

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