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2011.07.04

記紀(21)

黄泉国、鳥取県西伯郡溝口町の、御墓原だと述べた。この東隣りの山が、鬼住山である。
 黄泉国軍とは、やはり鬼であり、鬼とは、わたしは中国人だと述べてきた。この推理に狂いはなかった様だ。
 中国人がイザナギの命の時に、すでにここに1500人も、居ったのである。
 大国主命を謀殺しようと企てた、八十神も中国人だった。神と書かれたが、実際は、鬼と書くべきだったのである。
 今まで神と鬼が、アベコベになっていた例を、いくつか指摘して来た。魏志倭人伝までが、神道を鬼道と書いていたのである。
 イザナギの命が、天照大神、月読命とスサノオの命の、三貴子が現れて喜ばれた理由があったのである。
 中国の占領軍が、すでに溝口町だけで、1500人に達していたことを、古事記は教えてくれた。 
 イザナギの命と、天照大神、月読命とスサノオの命が、分散して布陣したのだった。


第13話 建国の日は正しかった  107ページ より

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