歴代天皇家年表は読んで頂けましたか。
田村誠一氏は、昭和59年(1984年)に「第19話 壬申の乱は日唐戦争」を出版されて、〔歴代天皇家年表〕を発表され、神武天皇が即位されてから、丁度、2000年目の平成12年4月29日の昭和天皇誕生記念日に、
西暦は日本の建国紀元だった
古事記に真実が書かれていた
燦然と輝いていた古代・総集編
を発行されました。
この本の始めに、(13ページ)に 〔歴代天皇家年表〕を掲載しておられます。
若干、数字の変更はしておられますが、基本的には、同じものです。
歴代天皇家年表に書いてあることは、理解出来ましたか。
例えば、神武天皇のことは、ウイキペディアに拠りますと、
神武天皇(じんむてんのう、Jimmu Tennoh, Shinmu Tennoh 庚午年1月1日(紀元前711年2月13日?)~ 神武天皇76年[1]3月11日(紀元前585年4月9日?))は、日本神話に登場する人物で、日本の初代天皇である(古事記、日本書紀による)。日本書紀によると、在位は辛酉年(神武天皇元年)1月1日(紀元前660年2月18日?)~ 神武天皇76年3月11日(紀元前585年4月9日?)。
と書いてあります。
(神武天皇元年)1月1日(紀元前660年2月18日?)は、西暦に直しますと、紀元前660年だと書いてあります。
これは、歴史の専門家が書かれた文章だと思います。
続けますと、神武天皇元年は紀元前660年になってしまいます。
日本書紀には、即位した日が書いてあります。
辛酉の年春一月一日とあります。この頃に、「即位」というシステムがあったかどうか、怪しいですが、辛酉の年は、60年ごとにめぐってきます。
西暦で云いますと、西暦元年が、神武天皇が即位した年の一月一日になります。
『古事記』には、137歳で亡くなり、「御陵在畝火山之北方白檮尾上也」御陵は、畝傍山の北の方の白檮(かし)の尾の上にありと記されており、『日本書紀』には127歳で亡くなり「葬畝傍山東北陵」畝傍山の東北陵に葬ると記されています。
日本書紀に書いてあることは、デタラメであることは、誰にでも分りますが、古事記の137歳で亡くなったというのは、現実にあり得る話かもしれません。しかし、他の高年齢の天皇をすべて正しいとしますと、神武天皇元年は紀元前660年になってしまいます。
そこで、田村氏は、古事記に書いてある137歳は、60を減じて77才とされました。
そして、他の資料から、神武天皇の生まれた時を割り出されました。 生まれたのは、紀元52です。そうしますと、崩御は紀元前25年で、77才です。
「修正前享年」に数字が書いてある天皇は、日本書紀を書いた人たちが、苦労して60年狂わしたとして、訂正しておられます。
問題は、之で、各天皇の歴史に狂いが生じないかどうかです。
全部、確認してください。
もっとも、素晴らしいのは、神武天皇の業績は、神話ではなく、説明できます。また、崇神天皇も、説明が出来ます。
西暦は日本の建国紀元だった の本は、神武天皇の即位から2000年を記念して出版されたことになります。
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