唐の傀儡政権だった近江朝廷(1)
鎌足が殺されたことによって、革命政権の支配力がなくなった。天智天皇は名ばかりの天皇で、幽閉の身である。ここで唐は当然傀儡政府を作るのが常識である。かくして誕生したのが近江朝廷である。
先づ近江朝廷の性格を読者自ら122,3頁に引用された671年の記述を確かめてほしい。現代式に云えば法務大臣、文部大臣、国立病院と多数の参謀本部の要職全て百済人である。更に五十余の達率と書かれたのも百済人で占められているのに、唐の傀儡政権だと学者は分らないのか。
役員全員が唐の支配下の百済人である以上唐の傀儡政権と呼ぶべきである。国民は大学の歴史教科書〝テキストブック日本史〟にどの様に日本書紀を曲解して、指導しているか103頁で確かめていただきたい。
近江朝廷には皇子の資格が全くない大友皇子が太政大臣に任命された。テキストブックはこの様な非常識な任命を天智天皇が行ったと重大な根本的な間違いを起こしている。
第19話 壬申の乱は日唐戦争 42ページより、転載


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