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2011.10.01

リマン海流と対馬海流

能登半島沖で北朝鮮からの逃げてきた9人の報道がありました。
 つい先日の事なのにいつだったか忘れてしまっています。
 
 確か、彼らは調べに対して、韓国に亡命したいと述べた記事を読んだ記憶があります。
その時に、おかしいなと思いましたが、すっかり、忘れています。

能登半島沖で脱北者9人乗った船確認、幼児3人も「北朝鮮から来た」
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110913/crm11091311300011-n1.htm
上の記事は、産経ニュースの記事です。

 ここには書いてありませんが、9人の中の一人は軍人だと書いてありました。
 軍人なのに、韓国に行くつもりが日本にやって来たのがおかしいのです。

台湾の方から流れて来た海流は、九州のところで、日本海と太平洋に分かれます。前者は対馬海流、後者は黒潮と呼ばれています。日本海には、対馬海流のほかにも海流があります。
 【日本近海の海流】 http://imagic.qee.jp/kairyuu.html をご覧ください。
確か、大陸に近いリマン海流は、対馬海流にくらべますと、流れは小規模ですが、日本にやって来るためには、船に動力がないと手で漕いていますと、リマン海流に流されて韓国に流れ着くと理解していました。
 脱北者のリーダーは、軍人だと書いてありました。そして、「発見当時、漁船はエンジンで航走中で・・」と書かれ、テレビのニュースでは、ガソリンは無くなっていたと報道されました。
 ガソリンもエンジンもを手に入れるのは、大変だったと思いますが、軍人であれば、リマン海流に流されて韓国に流れ着くことぐらいは知っていた筈です。
 それなのに、ガソリンもエンジンも用意していたということは、始めから、日本にやって来るつもりだったと思いました。

その後の彼らのことは、忘れていましたが、希望通り、韓国へ行くことが出来たのでしょうか。調べて見ました。 
 そのことは、リマン海流と対馬海流(2)に書きます。

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この記事は、最近書いています、〔第19話 壬申の乱は日唐戦争〕とだぶらせて、考えているものです。 遣唐使の前後は、驚くほど、大陸と日本の間で行き来があります。 日本海を渡るのは、大変だったという歴史家の考えは間違っているのではないかと思っています。

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