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2012.01.01

魏志倭人伝の国名を解く(4)

藤原忠平関白が制定した式内社の国別統計を138頁に示しておいた。これでは出雲には187社も式内社があって、この氏子は藤原氏から幣帛料の名目で軍資金を受け取っていたのである。これに反して伯耆、美作、備前、備中、備後、安芸を合せて六ヶ国でも式内社は83社に過ぎなかった。ここは従って藤原氏の勢力圏ではなくて天皇の勢力圏である。
 倭人に君臨したのが天皇であり式内社の分布密度から倭人が多い地域が分り、しかも式内社からも魏志倭人伝で、倭人ががおった国とは完全に一致していた傍証が得られた。
 この伯耆、美作、備前、備中、備後、安芸からは藤原に遠ざけられた人々や勤王の志士が多く出ている。菅原道真を祀った神社が伯耆には73社もある。名和長年は伯耆の出身だった。後醍醐天皇の美作の行在所にかけつけたのは備中の出身だし、南朝の忠臣で桜山神社に祀られた桜山茲俊は備後の出身である。これもこの地域が天皇勢力だった証拠である。


第19話 壬申の乱は日唐戦争  67ページより、転載

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Comments

新年おめでとうございます。早々の更新、ありがとうございます。今年も、楽しく読ませていただきます。
東京在住ですが、毎年、休暇ごとに、隠岐や巻向など、訪れています。
今度、岡山に訪れてみたいです。

お体に気を付けてのご活躍をお祈りいたしております。

Posted by: Spock | 2012.01.01 at 06:31 PM

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