建国発祥の地、伯耆(2)
佐竹先生の論文は〝神代遺蹟考〟で東京山中会で出版されている。佐竹先生は不敬罪に問われ、外地の京城中学の平教員に左遷させられた。この時裁判すら行われなかった暗黒政治が行われたのである。高天原が蒜山高原でなければ黙殺するか、裁判にかければよい。
現に他の国が高天原だった説は戦前でも不敬罪には問われなかった。日支事変事変が始まるより前に、既にこの様な暗黒政治が行われたことは、政府内に高天原が蒜山高原だったことを知っていた証拠ではないか。
私はこの事実に義憤を感じ、古事記を始めて入手し読み始めた。この結果おびただしい数の、古事記を偽書化する工作が見付かったのである。大正には既に蒜山と地名が改められていた。ここでイザナミ命が水蛭子すなはち早産児を産まれた御所が仲蒜山の造成地にあった。これに由来して蒜山とかかれていたのに、明治政府が難読の蒜山にあらためた。
蒜山はヒルゼンと発音される現在でも岡山のチベットと呼ばれる位山奥の地名すら中央政府が干渉していたのである。
第19話 壬申の乱は日唐戦争 85ページより、転載


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