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2012.03.29

魏志倭人伝の謎解き II

はじめに 
『魏志倭人伝の謎解き II 』は、ブログ管理の私あてに、頂いた私信です。 これを参考にして、私の勉強を充実させてと思っていましたが、なかなか、進みませんので、掲載させていただくことにしました。 読者の皆さんで、発展させれる部分がありましたら、参考にしていただければと思います。
添付されていました地図は、最後に貼り付けました。 上の黄色に囲ったところが、末廬国です。 拡大できます。


この前の謎解きの続きです。 地図を添付しておりますが、この地図は最新情報を用いて説明するほうが理解して頂き易いと考えて、昭文社の中国道路地図(2010年版)の米子近辺を合成させていただきました。 今後のこともあり、歴史等も併せて楽しむのであれば購入をお勧めします。
前回、筆者が想定した末盧国の位置は、境港市の対岸にある日向浦、福浦と表示されている一帯です。 また、前回述べましたように「末盧国」が朝鮮半島から見て付けられた呼称としますと、魏志倭人伝における日本列島の起点は末盧国としても良いと考えます。 古代の地名は2地点を往き来する人に取っては、経由地情報を含まないほうが重要と考えます。 
魏志倭人伝では末盧国に続いて、東南陸行五百里到伊都国、という文章がありますが、今回は起点という考えにより伊都国を飛ばして次に出る文章、東南到奴国百里、を追いかけてみます。 添付した地図の南のほうに南部町と表記されていますが、すぐ左に倭(やまと)という地名があります。 こんな地名がまだ残っているのです。 この近辺は明治時代には大国村と呼ばれていました。 倭から西には青垣山も見つかります。 倭から東北すぐに会見(えみ)という地名があり、近くの三崎、諸木(みもろ)を東にたどりますと大山の中腹に大神山神社があるのです。 また、会見の辺りは明治時代には手間村となっており、この地図には表記されていませんが手間山の麓には赤猪岩神社もあります。 さらに地図の右上、淀江の近くに小波という地名がありますが、この辺りは明治時代には大和村(やまと)と呼ばれており、三輪神社、大神山神社(冬社)も残っています。 奴国は末盧国の東南百里ですのでこの辺り一帯が最適地です。 なお「奴」は華北弁では(ど)、華南弁では(ぬ)と発音されています。 「漢委奴国王」の奴国であり、日本列島で最古の国ではないでしょうか。 ついでになりますが、「金印偽造事件」幻冬舎新書という本が最近出版されており、95%偽造という結論を著者の三浦佑之氏は導いておられます。 古事記では、八上比売の物語の最後に、於高天原氷橡多迦斯理而居是奴也、と書かれており「奴」という土地を示しているのではないでしょうか。 古事記に書かれている神話が地名、神社名を辿ることにより奴国に結びつくように思いませんか。
 
問題:倭の文字が古事記には66回、日本書紀には181回、大和(やまと)の文字が古事記には0回、日本書紀には215回出ます。 ほとんど同時に出来た書物ですがどのように解釈すればいいのでしょうか。

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