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2012.03.24

四塚山古墳群

少し 古い記事ですが、共同ニュースの記事です。

http://www.47news.jp/CN/201108/CN2011080501000418.html (共同ニュース)
 島根3 件県益田市の四塚山古墳群から出土した青銅製の鏡「三角縁神獣鏡3 件」(4世紀)が、東海や近畿地方で出土したものと同じ鋳型で作られた鏡だったことが5日までに、島根3 件大の岩本崇准教授(考古学)の研究で分かった。
 岩本准教授は「近畿から東海地方だった鏡の分布地域が本州の西端近くまで及ぶことが明らかになり、大和政権が広い範囲の地域と交流を持っていたことが分かる」としている。
 岩本准教授によると、同じ鋳型で作られた鏡と分かったのは、1972年に出土した直径約20センチの三角縁鏡の一部。 写真あり


ブログ管理人より
この記事の文面では、「三角縁神獣鏡3 件」は大和政権と関係があるような文面ですが、「三角縁神獣鏡」は、中国人、特に魏国の人が支配していた所から出土した物ではないでしょうか。中国では出土していないと云われていますから、日本にやって来た中国人が作った銅鏡ではと考えています。
 出雲の国は、特に、秦王国と隋書に書かれている国です。
http://homepage1.nifty.com/o-mino/page1174.html

このことから、出雲は、古くから、中国人が支配する土地でしたが、三角縁神獣鏡の出土数は少ないです。即ち、魏の国の人は、入り込むことは困難であったことが分かります。どちらかと云いますと、九州に上陸した呉の国の人が作った三角縁神獣鏡ではなかったでしょうか。
 同氾鏡は、東之宮古墳(愛知県)、円満寺山古墳(岐阜県)、南原古墳(京都府)、ヘボソ塚古墳 で見つかっています。これらの古墳に埋葬された人は、絹を介して、同じ仲間だったと思います。

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