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2012.10.31

第17話 古事記が解いた古代史 秦王国(4)

古事記だけにスサノオ命が、伯耆の西伯郡と日野郡を大国主神にバトンタッチした記述がある。この二郡が問題の奴国である。
 大国主神には80人もの庶兄弟があった。この全ての庶兄弟を奴国以外に追いはらえとスサノオ命が命令したのである。この詳細は改めて述べることにする。
 スサノオ命は高句麗人で、この孫の大国主神だけが母が新羅系だった。従って庶兄弟は全て高句麗人で、この人達が伯耆から出雲に移動したのである。
 高天原から高千穂に降る時に、最初に倉吉平野を平定に遣わしたのが、天菩比神(アメノホヒノカミ) である。この神はオオクニヌシにこびて、平定しないで何れ出雲の国造になった。これは記の記述で、日本書紀では天菩比神は天穂日神と書かれた。
 いずもはこの時以来中国人の天菩比神の子孫が主で、高句麗人が従となった。この衆生関係は当時の北鮮と全く同じである。
 隋書に書かれた秦王国とは極めて正確に出雲のことを述べている。学者が出雲帝国と述べた正体が随所によって分ったことになる。


第17話 古事記が解いた古代史 73ページより転載

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2012.10.30

健康・医療(36) ガンをやっつけよう(5) 温熱療法(4)お風呂

前回、仰々しく温熱療法の具体的なことを書きますと云いましたが、お風呂に入ることです。
 入浴の快適な温度は、40度前後でしょうか。同じ温度であるのに、人によって、熱く感じる人や感じない人がどうしてなのでしょう。
 こんな単純な疑問でも、研究の対象になると思います。

 私が、癌の手術をしてから、温熱療法は、いろいろの事をしましたが、お風呂は、真面目に取り組んで、10ヶ月になります。

 温熱療法として採用する風呂で大切なことは、温度と入浴時間です。
温度は、42度以上です。入浴の方法は、首まで浸かろうが、腰までであろうが、膝までであろうが、どれでも、効果は同じだと思います。
 ただし、始めの3分は、熱めの温度で、首まで浸かり、急速に全身に行き渡る血液の温度を上げます。
 3分を過ぎますと、腰湯で十分だと思います。
 42度のお風呂に浸かりますと、皮膚の近くまで流れて来た血液は、次第に温度は42度に近くなります。
 しかし、その血液が、他の組織に流れる時は、どんどん温度はさがります。平熱が36度の人は、36度の近くまで、下がります。
 皮膚の表面から、どれほどの深さまで、組織の細胞の温度はあがるのかは、調べたわけではありませんから判りませんが、それ程深くはならないと思います。
 深くまで、熱くなりますと、熱くなった細胞は死んでしまうでしょう。死んだ部分は、火傷という表現が、使われます。
 常識的に考えますと、寒い方には弱くて、簡単に凍死しますが、熱い方は、大丈夫のようです。
 中近東の砂漠で生活している人を見ていますと、誰も裸ではなく、暑くても、全身を覆う布きれのような衣装を着けておられます。あれだけで、熱い方の温度はカットできるのでしょう。それに加えて、身体には、熱さから防衛するシステムが有るのでしょう。
 これも、研究対象になります。

 さて、お風呂のお湯で温められた血液は、どれほどで身体を一周すると思われますか。インターネットで検索したところ、プロの方は書いておられません。素人の人は、一分間で一周としておられます。
 私は、一分もかからないで、一周していると思っています。

という事で、10分も、お風呂に浸かっていると、癌がある組織は、脳であろうが、肺であろうが、42度になると考えています。
 以前に、一度紹介しましたが、癌は酸素が少ないところでは、どんどん増えますが、酸素が多い所では、死ぬのではありませんが、増えないことが判っています。
 
 それでは癌は治らないと考えたくなりますが、癌をどんどん攻撃して壊して行くシステムがあることも判っています。ナチュラルキラー
 といものが有ります。
 
 ただ、10分間、お風呂に浸かっていますと、癌細胞は、10分間だけ、増えないだけの事です。では、10分を15分に増やせば、15分だけ癌は増えなくなります。
 私の場合は、入浴しますと、2、3分で上がってくるカラスの行水のような入浴習慣がついていますから、長湯が出来ません。そこで、時計を置いたり、テレビを置いたりしましたが、15分が精々です。 そこで、一日、2回入りました。これもなかなか大変ですから、尿にガン細胞が無くなってからは、一日、一回の入浴です。
 
 たった、10分間の温熱療法では、してもしなくても同じ様なものです。そうなりますと、どんどん、長時間、癌の周りを温かくしようとの発想になります。京大の菅原先生が、其の装置をつくられて、治療に使われました。以前に、次のところで書いています。
http://www.gsic.jp/other/ot_03/bsc/index.html

装置は、 立派ですが、使い勝手が悪かったでしょうし、又、高価だったのかも知れません。どんどん使われた記事は見当たりません。

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2012.10.28

第17話 古事記が解いた古代史 秦王国(3)

海流図によれば対馬海狭を東北に流れた対馬海流は、隠岐と島根半島の間を東に流れている。しかも日本海では流線が拡がっていて、流れがほとんどなくて、湖水とおなじだったことも教えてくれる。更に津軽海峡を経て太平洋岸を南下することも容易である。
 この海流図こそは古代に日本海が渤海湾を航行できる船なら、航海出来たことを教えてくれた。渤海湾は中国の支配下の朝鮮との交通には是非通過しなければならなす海である。
 渤海湾を横断するよりも日本海沿岸を航海することが遥かに容易だったのに、学者は日本海に古代に文化があったと、やっと気付き出したのである。
 日本海は海が荒れている秋や冬以外には、湖の様に海がないシーズンがあることをかんかえれば、陸地を移動する方が容易で安全である。
 日本海を沿海州から日本海沿岸に渡る位危険なことがあるだろうか。途中で海が荒れれば待避する方法があるだろうか。海流と風を忘れては古代史の謎は解ける筈がない。


第17話 古事記が解いた古代史 72ページより転載

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2012.10.25

健康・医療(35) ガンをやっつけよう(4) 温熱療法(3)

前回は、長くなりすぎまして、済みませんでした。私の癌の話など、書いても面白くもないだろうと思い、前回は、温熱療法の続きを書こうと思っていましたら、長くなってしまいました。
私の膀胱がんは、結果から、云えることは、手術と結核菌による治療法で、治ったことになります。
 その後、内服その他の治療は一切なしで、3月初めには、膀胱からの出血も癌細胞もゼロになりました。3月13日、内視鏡で確認。前立腺はきれいでした。膀胱は、二ヶ所、他の部分と少し、組織が異なるように見え、やや、赤味のある部分が有りましたが、6月19日まで、様子を見ることにしました。
 尿の細菌、出血、組織片などの検査はマイナスでしたが、やはり、前回と同じところの改善は見られませんでした。
 次回、①3ヶ月まで様子をみるか、もう一度、② 結核菌による治療法、③癌だという事で、抗癌剤を使うか、もう一度、④内視鏡で確認する この4つの内のどれかを選択することになりました。内視鏡で確認は、3月と6月の2回しているのですが、画像がはっきりしませんので、癌であれば、直ぐに、手術に切り替えるのが前提です。

 どうやら、先生は、7割ぐらい、癌の再発を頭に描いておられたのだと思います。
 そこで、8月17日に、再度、内視鏡で確認して、やはり、ありました怪しい組織を除去しました。全部で、7ヶ所の組織を取り、病理組織を作りました。
 この手術で、どうして、④の選択肢があるのか、手術をはじめて直ぐに、判りました。

 今回に使われた内視鏡は、前回の物より、優れもので、画像もきれいでした。そして、電気メスも、新しい方式で、出血は少なかった様に思います。挿入された管も前回より、細く、術後の負担が、軽く済みました。
 しかし、入院日数は似たようなものでした。病理組織の結果をお聞きしてから、退院しました。結果は、書きましたように、マイナスで、完全に治ったことになります。
 という事は、12月の手術と結核菌による治療法で、3月13日の時点で、治っていたことになります。
 結果論ですが、6月19日の内視鏡による検査も、8月17日の手術も必要なかったことになります。 結果が良かった要因には、癌ができていた箇所が、膀胱の一番内側の粘膜の表層に限られていたこともあります。 それにしても、12月の手術の時は、ずっと、見ていましたが、癌の組織は、一杯残っていました。
 6回の牛の結核菌は、どうして効くのか判りません。結核菌の注入後、激しい痛みとしんどさが、2~3日続きました。 先生に、結核菌だけですと、こんなに痛くはならないでしょう。なにか、外に入っているのではないですかとお聞きしましたが、入っていませんとのことでした。痛み止めを飲んでいましたが、効果ありませんでしたから、あのときの痛さは、膀胱の粘膜に相当のダメージを与えたのだろう、だから、効いたのだろうと 勝手に思っています。
 治療は、1月で終わっています。その後、現在の10月25日で、8月の手術の後遺症はやっと、無くなりました。そして、正常なのではないかと考えています。どうして判るかと云いますと、今日はじめて、300ccの排尿がありました。そして、一日のトイレに行く回数が、少なくなっています。体調も良くなっています。次回、11月18日のCTスキャンの検査の結果を見なければ、判りませんが、その後、再発が無いという事は、いろいろ試したことも、良かったのではないかと考えています。

 いろいろの中で、もっとも、効果があったものをタイトルに書きました。それが「温熱療法」です。
 次回から、具体的なことを書いて見ます。

第19話 壬申の乱は日唐戦争  内乱でなかった壬申の乱
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2011/08/19-7e85.html
671年には唐は近江に傀儡政権を誕生させた。 これが世にいう近江朝廷である。この時の太政大臣、大友皇子以下数名だけが日本人で、これ以下の約70名の大臣クラスや役人はすべて百済人だった。この時の百済は唐に占領されていた事実を理解出来る能力さえあれば、近江朝廷は唐の傀儡政権であったことは容易に分る筈である。
 更に唐が擁立した太政大臣の大友皇子は宮中の炊事女中の家におった子娘と中大兄皇子の間に生まれた落し子で、唐はこの人物を天皇に擁立する目的で太政大臣に登用した。
 近江朝廷が樹立されると天智天皇を小屋におしこめて、敵は毒殺したしまった。この時大海人皇子は修道僧に変装して敵の目をくらませて近江から吉野に脱出した。
 唐の本国軍は669年にも二千余が近江と関東に進駐していたが、天智天皇崩御の直前には再び新手の二千余が五島列島に待機していた。天皇が崩御されると唐の軍隊は美濃、尾張で武装蜂起した。これを壬申の乱と称して、学者は天皇家の権力闘争だと国民を洗脳教育して来たのである。


第19話 壬申の乱は日唐戦争  6ページより、転載。

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2012.10.23

第17話 古事記が解いた古代史 秦王国(2)

聖徳太子が607年に、小野妹子を使者として隨に派遣した。この時に「日出る所の天子、書を日を没する所の天子に致す。つつがなきや」の国書を皇帝に渡したのである。
 この翌年に隋の使者裴世清が小野妹子と一緒に日本にやって来た。従って小野妹子と一緒だから、この時上陸した港は正式の、日本の外港と考えるべきである。
 唐書では筑紫から更に東して秦王国に達している。ここから更に十余国を経て海に出た以上この時の上陸港こそは、神武天皇が東征した時船出した日向浦と考える外ない。
 櫂で漕ぐ形式の船では一日に二回干満の都度、流れが変る瀬戸内海を無事航行出来ただろうか。神武天皇東征の時にも、明石海峡を航行するには水先案内が必要だったのである。
 筑紫から瀬戸内海の十余国を経由したのであれば、隋書の記述は矛盾している。
 下記に海上保安庁の海流図を引用させていただいた。流線が収束した所は流速が速い。反対に日本海では流線が拡がって、湖水と全く同じ様に、櫂で漕ぐ船でも安全に行ける。

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第17話 古事記が解いた古代史 71ページより転載

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2012.10.21

健康・医療(34) ガンをやっつけよう(3) 結核菌による治療法

癌になられる方は、現在は二人に一人だそうです。癌を宣告された方は、どうされるのでしょう。殆どの方は、診断された先生の勧めに従って、その後、治療を受けられると思います。
 私も先生の提案通り、退院する時に、翌年の1月10日から、牛の結核菌を膀胱に注入する治療を受ける約束をしました。
 この治療は、一週間に一回、膀胱に結核菌を注入し、6回を1クールとするものです。その後、休憩をして、様子次第ですが、次は3回する。休憩して、もう一度3回すると頂いたパンフレットに書いてありました。
 これは、抗癌剤ではなくて、牛の結核菌だけを注入するものであるとの事でした。

1月当日の事を書きます。
①結核菌を注入した後は、出来るだけ、おしっこをするのは辛抱してください。
②おしっこをした後は、便器に結核菌が一杯ありますので、家族の人に移らないように、塩素系のブリーチの様なもので、殺菌しなんども、洗い流してください。
③おしっこをした後は、できるだけ大量に水を飲んでください。
 たくさん飲んだつもりでしたが、1500ccぐらいだったでしょうか。本当は、2リットルぐらいだったようです。
 はじめは、意味が解りませんでしたが、直ぐに判りました。排尿した後ぐらいからしんどくなってきました。4時間後のころには、坐っているのもしんどくで、横になりました。
 2時間程、眠ったでしょうか。少し楽になり、夜ご飯を食べました。
 
 次の日も下腹部は痛いし、手術後、ずっと続いていましたおチンチンの腫れは一層ひどく、飲んでいた鎮痛剤の効果もありませんでした。
 3日目になっても、痛みとしんどさが続きますので、これは、牛の結核菌だけではなくて、なにか良からぬ物質が入っているからだと思いました。
 だから、<できるだけ大量に水を飲んでください>だったのだと考えました。

 次回、16日には、2回目の治療はお断りしようと思いましたが、4日を過ぎたあたりから、少しずつ、体調は戻る感じが有りました。

愈々、16日当日は、お断りしようと思っていましたが、診察がはじますと、先生は、「調子はどうですか」、「どうですかではありませんよ。ひどい目に遭いましたよ」。先生、「今はどうですか」。「家をでるときは、お断りしようと思っていたのですが、今はまあまあです」「そうしたら、もう一度やって見ましょうか」
 という事で、再度することになりました。

 今度は、真面目に一杯飲みました。すると、どうなるかと云いますと、身体は、入れられた毒物を排泄しようと、どんどん、おしっこを製造します。辛抱しきれなくなり、前回より、早くトイレに行くことになりました。
 そのあとは、前回と同様です。

 この経過は、この治療をされた方は、皆さん同じだと思います。
 沢山、水を飲まれた方は、早く体外に結核菌を出しますから、効果は落ちるかも知れませんが、痛みやしんどさは軽減したと思います。

3回目は、馴れもあったのか、しんどさや痛みは少しマシでしたが、同じようなものでした。

この時に、先生は、私を慰めるおつもりか、元気を付けるためか、次のように云われました。
 殆どの人は、この治療は一年続きません。
 その時は、一杯抗がん剤が有りますから、心配いりません。抗癌剤で駄目なら、最後は、膀胱を取ればいいですから。---死ぬことはありませんという意味だったと思います。

 この頃までに、図書館から借りた本を次々、読んでいましたが、不思議なことに、膀胱がんの例を書いた人は、少なかったようです。

 膀胱がんになる人が少なかったからかと思いましたが、先生は、私の治療に関しては、自信満々でした。
 しかし、どれも駄目なときは、膀胱を取れば解決は、理解出来ますが、私は、それはしたくありませんでした。
 
 先生にお任せしておくと、最悪の場合は、膀胱がなくなる。という事で、本を読む量を増やしました。同じ本を3回読みました。
 読んだ本の中に、お一人の先生が、確か、7例の癌患者の症例を書いておられました。
 なぜか、そのトップに、私と同じ手術をした人が、直ぐに、再発して、7回の手術を受けて、8ヶ月(?)後に亡くなられたことが書いてありました。
 おかしいですね。普通ですと、7例も書くのであれば、一番ショックな症例は、一番最後にするのに、どうして、トップに持って来たか などなど、いろいろ考えながら読みました。

 そして、どのように考えたかと云いいますと、先生に全面的に頼らず、自分で出来ることは、すべてしようと思い、頭がおかしくなるほど、インターネットから資料を集め、そして本を読みました。
 
そして、良いと書いてあることは、すべてしようと思いました


 そして、結果はどうであったかと云いますと、
今年の8月16日ら入院して、なかなか消えない怪しい部分の再手術を行いました。
切除したあやしい組織をの内、7ヶ所の病理組織を作って頂きましたが、すべて、癌細胞はありませんでした。
 では、其の怪しげな部分は、なんだったのかという事ですが、来月、CTスキャンで調べることになっています。なぜ、調べるのかと云いますと、始めに、診察を受けた時に、調べたマーカは、異常なしでしたが、今回調べましたら、数値が高かったので前立線腫瘍の恐れがあるからだという事でした。先日の手術の時は、器具が、昨年より新しいもので前立線をカメラが通過するとき、見ていましたが、きれいな状態でした。

 では、どのように考えたらいいかと云いますと、病理組織を作成された先生が、間違った操作をされたか、組織が、癌でなかったという診断を間違われたか。そのために、癌の再発が、おこっている証拠が、マーカーの数値の上昇とみるか。
 初心の時に、マーカーの数値が低かったのに、5ケ月後には、膀胱にいっぱい癌組織があったのですから、このマーカーは、当てにならないのかも知れません。

 お分かりですか。先生にお任せするのも悪くありませんが、自分の病気ですから、素人でも、考えれば、ある程度のことはわかるのではないかと考えています。

  癌の組織が無くなったことが判った時は、誰に一番喜んで頂いたかと云いますと、先生と家内の二人だけでした。
 あまりにも、癌になられた方が、多いですから、みなさん、話を聞いて喜んでいいものやら、返事困られるようです。
 
 自分では、これは、ぬか喜びではなく、3年経っても再発しないように、出来ることは、すべて、3年間しようと思っています。

 そして、できれば、私の考えていることを知って頂き、私の真似をしてみようと思われる方に、情報をお知らせしようと思っています。

 真似をしていただきと書きましたが、本当は、自分で考えて、自分で、がんを克服されればと思います。

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2012.10.18

第17話 古事記が解いた古代史 秦王国(1)

出雲と伯耆とは平野で隣り合っている。しかるに伯耆は天照大御神から神武天皇までの神代の神々が居られた所で、出雲とは全く別の国であり天皇の勢力圏だった。
 出雲について中国で書かれた文献に隋書倭国伝がある。岩波文庫の〝魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝〟は200円で、手頃なので、全文はこの書を参考にしていただきたい。特に隋書倭国伝は年代が倭人伝より新しいので、先づ理解すべきだ。
この倭国伝に「明年、上、文林郎㑪裴清を遣わして倭国に使せしむ。百済を度り行きて竹島に到り、南に」(舟+丹)羅国を望み、都斯麻国(対馬)を経、遥かに大海中にあり。又東して一支国(壱岐)に至り、又竹斯国(筑紫)に至り、又東して秦王国に至る。その人華夏(中国)に同じ、以って夷洲となすも、疑うらくは明らかにする能わざるなり。又十余国を経て海岸に達す。竹斯国より以東は皆倭に付庸す。」と書かれている。(岩波文庫401)
 ここで隋の使者が派遣された明年とは608年の推古帝の時である。

第17話 古事記が解いた古代史 69ページより転載

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2012.10.16

健康・医療(34) ガンをやっつけよう(2)  温熱療法(2)

タイトルの「ガンをやっつけよう」という気になったのは、平成23年10月末の事です。
 夕刻、3時間ぐらいの間に、続けて3回トイレにいき、血ばかりの尿と思えるものがありました。少し、痛みがあったぐらいです。
 細菌に因る膀胱炎か、腫瘍のためとかとかってに決めつけて、持っていた抗生物質を一錠飲みましたら、翌日は、色は濃いですが、目で見た所、前日のような血の様子はありませんでした。
 二週間ほど、病院で貰っている薬(ユーリーフ4mg)を飲んで、受診に行きましたら、そりゃ大変だという事になりました。
 内視鏡で、検査をして、もし癌であれば、手術で癌をとるとのことでした。手術は、どうせ内視鏡の下でするとのことで、検査をとばして、手術をすることにしました。
 直ぐに、入院することにして、12月2日に手術をしました。

 先生にお任せして置けばいいものを、先生と同じ画面を見ていました。 白いクラゲのようなものが、一杯見えていました。 癌を取る時は、火花のようなものが見えましたので、電気メスのようなものでしょうか。焼き切るのですから、出血は少ないのですが、やはり、切れるときに、出血が有りますから、作業はそれほどスムースには行きません。
 麻酔をはじめて、終わるまで、1時間30分ほど、掛りました。
 終わるころには、少し、吐き気がしましたが、質問する気力はありましたので、この優れものの手術道具の一式は、どこの製品化お聞きしましたら、有名なオリンパスの製品だとのことでした。
 病室に帰るタンカーの揺れが、吐き気を早め、しんどさは、一気にやってきました。手術の手順を眺めるのは、少しにしておけば良かったのに、観すぎたようです。タンカーからベッドに移して貰ったのも気が付かないほど、ぐっすり寝てしました。
 
 目が覚めましたら、腕には、点滴の管が入っているのと、おチンチンに太い管が入っているので、動けません。丸一日は、上を向いていたでしょうか。次の日から、横には向くことが出来るのですが、動きますと、おチンチンと下腹が痛くて動けません。下腹の痛いのは、痛み止めを使っていたので、何日で楽になったのか忘れてしまいましたが、おチンチンはと云いますと、腫れたままでした。
 いつまでも痛いので、先生が、予定しておられた日より、一日早く、カテーテルを抜いて貰いました。
 これで、一気に楽になりましたが、自分でトイレに行けるだけ楽になりましたが、今度は、昼夜関係なしに、尿が100cc溜まると、尿意を感じるようになり、しかも、直ぐに行かないと間に合わないのです。それに加えて、まだ、尿が出ていないのに、下腹とおチンチンが痛くなり、尿の通過のあいだは、勿論痛いのです。きっと、おチンチンの中が、爛れているのでしょう。
 それにしても、100cc溜まると頭に、溜まりましたよ報告が行き、頭がトイレに行きなさいと命令になるのでしょう。
 トイレに行かないと膀胱が破れると判断されるのでしょうか。 何分、暇ですから、いろいろ考えました。 切りが有りませんから、この辺で。

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2012.10.14

第17話 古事記が解いた古代史 イザナギ、イザナギ命(5)

藤原不比等が書いた日本書紀ではイザナギ命が移られた所は淡海の多賀でなくて淡路の多賀とあって、ここにも同一地名の多賀2ヶ所あった。紀では近江を淡海と書いてあった。淡海とは淡水の海であって、これこそ古代人がつけた地名の原則通りである。天水の海とはビワ湖のことで、多賀は島にある方がふさわしい。要害の立地条件を満たしている。
 犬上郡の多賀は喪られた所である。紀に書かれたイザナギ命の地名がすべい確認出来た以上イザナギ命は実在人物でないと、おかしいし古事記も偽書と云われる理由は無くなった。
 中山王国は白狄人の国だったから、この国からの亡命者のイザナギ命は白王と書かれて身元が分ったのである。
 58・6・30の新聞にこの近江八幡市の長命寺の湖底からね2500年昔の丸木舟が出土と報じた。イザナギ命が移られた所と一致したのは偶然だろうか。原生林や湖岸は自由に歩けないが、湖は古代の交通路だったのである。多賀大社の場所は古代には立地字要件がふさわしくない。


第17話 古事記が解いた古代史 68ページより転載

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2012.10.12

健康・医療(33) ガンをやっつけよう  温熱療法

癌をやっつけるにはどうしたら良いかです。
以前は、癌は5年間再発しなければ治ったとされていましたが、今は、10年再発しなければ治ったとされているようです。
 私の知っている人は、乳がんで10年目になりますが、再発し、現在治療中です。抗癌剤を使用しますと、少し良くなりますが、繰り返しです。そのために、1ケ月に一度、検査をすることになります。
 精神的な負担に加わるに、治療費が1ケ月に相当な費用になります。これは、死ぬまで続くそうです。
 10年前ら見付かった乳がんの事は、5年程前に聞いたのですが、当初、別に悪くは無かったそうですが、検診に行きましたら、触診だけで、直ぐに手術になったそうです。手術は全摘出で、少し様子が収まった所で、リンパに転移はないが、転移する前にとった方が良いとのことで、どこのリンパ節か聞きませんでしたが、手術をしたそうです。
 その後、どのような治療をしたか聞きませんでしたが、3年ぐらいは、生活にならない日が続いたといいます。
 一般に云われている5年目ころに、やっと、生活が楽になりました。今、45才ぐらいです。ここ5年ほどは、マーカという数字が基準になり、高くなれば、治療を受けているようです。このような経過は、再発と云うのでしょうか。新たに、次々、癌が出来ると考えるのと、残っていた癌が、増えて来たと考えるのとは、どの様に違うのでしょうか。5年経過すれば治ると云われていたのは、その時に、検査では解らなかったが、5年もすると、残っていた殆どの癌は、やっつけられたか、大きくなるものは、大きくなってしまったのでしょうか。
 このようなことを考えますと、再発であれば、治療という事になります。しかし、この部分は、病院に全面的にお任せしています。

 自分が出来ることは、前回書きました免疫力を上げることぐらいでしょうか。
もし、10年前の癌は治っているとしまして、その後、どんどん癌が発生しているとしますと、環境を含め癌の原因と思われるものを除去しなければなりません。

 このことは、始めの方に書きましたが、原因は、膨大すぎて、取り除くことは不可能に近いと思われます。
 
先に述べました乳がん患者の例は、先生は、死ぬまで治療が必要だと云われたという事は、治療が出来ないと云われたことになります。
 年令を書きました。45才ですと、後、この治療が、45年続くことになります。毎月、一度、転移していないかどうか、CTスキャンで調べるのでしょうか。これで、癌にならないのでしょうか。マーカが、高ければ、一応、再発していると考え、いろいろの検査が、増えることになるのでしょうか。
 経済的には、息子が大学をでるまで、助けて貰えませんから、夫婦二人で、治療費をねん出しなければなりません。働く人は、主人一人ですから、主人が、倒れますと、全員お仕舞です。
 主人は、なにがなんでも、後、15年は頑張って貰わなければなりません。
癌保険を掛けておかなかったのがいけなかったことになります。
 
 そこで、私が考えたのが、温熱療法です。
 私が考える温熱療法は、自分の体を温めるだけの事です。 42度のお風呂に10分間入るだけです。現在は、43度にしています。

これは、効果があるかどうか、判りませんが、私は自分の身体で、実験しています。
 
 次回は、何故実験しているかを書いて見ます。

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2012.10.10

第17話 古事記が解いた古代史 イザナギ、イザナギ命(4)

イザナミ命に先立たれて、イザナギ命は近江の多賀に移った。この時天照大御神にはヒルゼン高天原を治めよと命令された。スサノ命には伯耆の東伯郡を納めよと云われた。
 海原をおさめよとあったのは、海のほとりの平野を意味していた。又月読命は丹波の夜久野をおさめよと命令され、ここは地名が天田郡である。
 地名に天がつく所が多い。この天は天山山脈の天であり、揚子江の源流通天河の天、天竺の天と共通である。この方面から倭人は渡来したのである。雲南方面から倭人は渡来したと考えたよかった。天田郡、天草、天王の地名がその例で、ヒルゼンにはもともと天王の珍しい地名が4ヶ所あった。天王とは天山山脈方面から来た大王が居った所である。
 イゾナギ命が命令された三つの国の場所が明らかになった。このあとイザナギ命が移られた近江の多賀は上記の地図の長命寺がある当時島だった所である。宮内が御所のあった所で、ここには白王と王ヶ浜の地名合わせて4ヶ所のふさわしい地名パターンがあった。


第17話 古事記が解いた古代史 67ページより転載


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2012.10.08

健康・医療(32) ガンにならないように(30)  免疫力

このブログを書く、一番の目的は、国民全員が、病気にならないで、健康に過ごして、日本の総医療費を半分に減らすことを目標にしています。
 こんなことをしますと、お医者さんから恨まれることになりますが、そうしませんと、日本は潰れることになります。
 最近のニュースを添付しておきます。H12.08.24

医療費37.8兆円、過去最高に 高額治療増加で加速 11年度概算
***** http://www.goodwin-net.co.jp/info/article/306**** ご覧ください。

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-----70歳以上の医療費は17兆円と全体の45%を占める。高齢化で膨らみ続ける医療費をどのように抑制するかが課題となる。------

このようなことを書かれていますが、では対策はと云いますと、今の政府では、いい考えは浮かばないでしょう。例えば、私は老人の部類ですから、病気になった時は、治療費は1割の負担ですから、有難いですが、これを増やしますと、だれでも、病気にならない様に気を付ける筈です。
 ところが、1割負担ですと、あまり健康に気を配らなくなります・
では、3割負担にしますと、どうなるかと云いますと、次の選挙では、負けることになります。
 ですから、3割負担には、絶対ならないと安心しています。

老人は、病気をするのが当たり前のように考えられていますが、そのようなことは有りません。
 病気は、どのような病気でも、動物は、自分で治す力と方法を持っています。その大半は、免疫力という名で片づけられているものではないかと考えています。
 そのようなことは無いと医療関係者の方は思っておられるでしょうが、自然界の法則に人間が、手出しをできるのは、僅かの部分でしょう。
 このように考えますと、70才の人は、70年間の間に、何度も風邪やインフルエンザに罹って、勝ち抜いてきた人たちです。免疫力は、徐々に減っているかもしれませんが、これまでに、経験して来たすべての病気に対する免疫はもっていることになります。

最近の死亡原因のトップは、癌、次は心臓 です。これは、あまり免疫と関係がないように思われますが、本やWEBの知識では、大いに関係があり、予防だけではなく、治療にも取り入れられています。
 そこで、老人に多い「ガン」を治そうではなく、「ガン」にならないようにを最初のテーマに掲げました。

前回は、身体に入って来た発がん物質を体から排泄するために、汗をかこうと書いてきました。
 汗をかきますと、癌だけではなく、外の病気にも良い様です。

 次回は、温熱療法と名付けて、私が実行している方法を紹介します。
 

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2012.10.05

第17話 古事記が解いた古代史 イザナギ、イザナギ命(3)

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イザナミ命はお産が重くて高天原から夜見国すなはち伯耆の西伯郡溝口町の御墓原に移された。イザナギ命はイザナミ命を見舞に御墓原に行かれた。この時御墓原の隣りの鬼住山に居った鬼すなはち中国人に追跡された。イザナギ命は高天原に逃げ帰って、鬼をやっと追払ったので途中でみそぎをされた。
この時に天照大御神、スサノオ命、月読命が救援にかけつけた。この外に上津綿津見命、中津綿津見命、、底津綿津見命、表筒之男命、中筒之男命、底筒之男命の6人の神がかけつけて来たことが古事記にだけ書かれている。
上の地図の吉原⑦と大河原⑧に上の、特定の海の神が大山の中腹に祀られ、しかも御墓原とヒルゼン高天原の中間である。
古事記ではみそぎをした場所は「筑紫日向の橘の小門の淡き原」と書かれた解説書は日向国にみそぎの場所があったと想定した。
 古事記の神代に登場する百数十名の神々の中の無名の6人の神が、よりによって後世にしかも海の神が海抜500米の山中に祀られることがあるだろうか。

第17話 古事記が解いた古代史 65ページより転載

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2012.10.02

健康・医療(31) ガンにならないように(29)  発がん物質の排泄(5)

前回、スマーテイという器具を使用すると、ダイオキシンを含む汗が出たことは、事実であると書きました。しかし、その他は、信用しない様な文章になりましたので、少し、援護することを書いて見ます。
 発がん物質を排泄するには、糞便、尿、汗が主体になりますが、先ずは、汗から考えるつもりになっています。
 汗をかくには、『入浴する』『運動する』『サウナにはいる』などが有りますが、病気のある人は、危険を伴うことが有ります。普通に考えますと、
 『入浴する』---熱い温度のお風呂に入る。長時間入る。
 『運動する』--暑い炎天下で歩く、走る。寒いときに、長時間走る。 
 『サウナにはいる』--急激に汗が出ますから、身体に、急激な変化を与えます。
 という事で、どれも、危険が伴いますので、素人が指導することは出来ません。

スマーテイという器具の事は、次の所に精しく書いてありましたから、読んでください。
http://www.kenkousupport.com/category/78.html

 書いてあることは、難しいです。 この器具の中にはいりますと、身体が温まって、汗をかく様です。
 汗は、身体がある温度以上に上昇すると出るのですが、汗腺と皮脂線から出ます。この二つはどの様に違うのかと云いますと、その組織図が下の方に書いてあるのでご覧ください。図では、皮脂線の方が、深い所に有るようです。

 マラソン選手には、癌になる人が少ないことが知られていたそうです。汗をかくから、有害物質が汗から出ると思われましたがよく判らなかったそうですが、愈々、ゴールに近づいた選手の汗からは重金属が見付かったそうです。その様な少ない汗から、どのようにして分析をしたのか判りませんが、このことから、誰でも、過酷な運動をするとダイオキシンが汗から出るのですが、そんなに長距離を走るわけには行きません。
 最近は、優れた分析器があり、汗の成分は、簡単に分析できるそうです。

スマーテイという器具は、30分も器具に入っているだけで、スチームのサウナよりも大量に汗をかいて、しかもダイオキシンが検出されたと書いてあります。
 
 では、普通のサウナとスマーテイとは、どの様にちがうのかも、書いてあります。
普通のサウナは、皆さんご存知の通り、狭い部屋を水蒸気で温めて、身体の表面を温めます。その温度は、次第に身体の中に伝わっていきます。この熱の伝わり方は、伝導熱と云いますが、当然、中に行くほど、温度は低くなります。

 スマーテイの方は、カーボンブラック(炭)というものが有ります。これをヒーターであっためる装置なのでしょう。 これをヒータで温めますと、 (ヒータの絵は有りません。) 
カーボンブラックから、遠赤外線が出るそうです。
 遠赤外線は目に見えませんので、後は、頭の中で考えるしかありません。
一方、私たち人間の身体は、水分と炭素化合物でほとんどが作られています。遠赤外線は、その炭素化合物(有機質)を共鳴させると書いてあります。この文章も、そうですかと、信じるしかありません。
 物を温めたり、調理する電子レンジがあります。これは、電磁波を出して、その波が電子レンジの真ん中に置かれたお肉などに振動を伝えます。お肉の中の水分を振動させて、その熱で温められてお肉は食べることができるようになります。
 スマーテイを利用して、同じように、身体が煮えてしまったら、大変ですが、温まるだけです。それどころか、直ぐに冷えてしまいますから、遠赤外線が、連続して出る様に作ってあると書いてあります。

 汗だけに関して言いますと。スマーテイを利用しますと、フルマラソンをした人と同じだけ、皮脂線から汗をかくことになります。

 癌の患者さんで、身体から、重金属を検出された人は、重金属が犯人である可能性は強いですから、利用されたら、効果があると思います。
 重金属による癌に良いだけではなく、別の効果が期待できて、どの様な癌にも効果があるように思います。(がん細胞は嫌気性代謝)

 25年前は、カーボンブラック(炭)ではなくて、セラミックを使っていたと書いておられます。こちらは、身体の中の水分を振動させて、その水分を温めます。
 それはどうでもいいのですが、理屈から言いますと、この会社は25年の経験を持っていることになります。
 
 どうして、癌に効くとは書いてないのでしょう。
 本当に効きますと、大変です。 癌の人は、利用していますと、治ってしまいます。

 C型肝炎があります。これは、ウイルスが原因でなるのですが、このウイルスをやっつけることが出来ないのでしょうか。 もし、スマーテイで、肝臓専用のものを開発します。もっと、簡単な装置で、肝臓の前あたりに、器具を当てて、10分ほど、肝臓の温度だけを42度ぐらいに温めるとします。
 ウイルスは死ぬのではないでしょうか。
 
 ウイルスが死んだり、すべての癌が、なおったら大変ですね。
 多くのお医者さんが、失業されることになります。

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