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2012.12.30

第17話 古事記が解いた古代史  隠岐(1)

日本海に古代に文化が栄えたことを考えたり、日本民族の源流を考える時、隠岐を忘れることは許されない。70頁に海流図を示しておいた。紀元前には北鮮に漢民族の植民地があった以上、ここと一衣帯水の九州は北鮮と全く同じ状況に置かれていたと考えるべきである。
 この漢民族に圧迫された白狄人や雲南系少数民族は従って九州を避けて南鮮(辰国、後の新羅)と日本海沿岸に渡来する外無かった。
 海流図から分る様に対馬海峡を黒潮に乗って越えれば未経験でも隠岐には間違いなしに来られたのである。しかも隠岐は断崖が海にせまって入江が極めて多い。従って異民族が先づ別々の入江にコロニーが作れる。
 この隠岐には隠岐支庁の調査で次の様に古事記の神代に登場する神々を祀った神社があった。更にこの神々を祀った神社が伯耆にもあったのである。神社とは神々が移り住んだ宮が転化したものである。先祖を祀ったのであれば例えばスサノオ命の子孫を祀った神社が多数あることは不合理である。


第17話 古事記が解いた古代史 95ページより転載

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2012.12.28

健康・医療(50) ガンをやっつけよう(19) 免疫療法(4) ヨーグルト(2)

前回 ヨーグルトの事を書こうと思っていましたら、テレビで白衣を着た、お医者さんらしき人が、ヨーグルトの素晴らしさを説明していたのが、気に入らないのです。ヨーグルトのコマーシャルで、会社が説明すればいいものをお医者さんが説明するのが気に入らないのです。
最近、専門家だという人の話に、続けてがっかりしていたので、つい書いてしまいました。そのコマーシャルで、説明しているのは、身体の免疫は、腸で作られています。それは、全く知らなかったお話です。
仮に、ヨーグルトを食べたために、免疫力が増えたとします。では、免疫力が増えたことは、どうして確認できるのでしょう。その免疫力で、どうして癌組織が死んだと判断するのでしょう。
自分が、「免疫は、腸で作られる」ことを知らないのを棚に上げて、次々と疑問が生じます。ヨーグルトのメーカーを信じて、免疫力が上がると信じるとします。
しかし、これでは、ヨーグルトを食べる気がしないのです。

それには、二つの理由がありました。
①私は食べ物できらいなものは有りませんが、ヨーグルトとレバーと琵琶湖の鮒ずしが苦手です。でも、膀胱がんをやっつけるには、数年辛抱しようと決心しました。息を止めて、大匙、5~6杯飲みこみました。半月も頑張ったでしょうか。 この間、いろいろ調べました。
②毎日、ヨーグルトを500gたべて、癌が治ったという体験談を見つけました。スプーン少しに苦労している私には、500gは無理でした。

 でも、次のブログでは、
http://www.healthcare.omron.co.jp/resource/life/17
ひとつのヨーグルトを1日200~300gずつ、2週間くらい試してみて、自分との相性を調べてみましょう。お通じがよくなる、肌の調子がよくなる、風邪をひきにくくなる、好みの味で食べ続けることができる、といった点を目安にして、自分に合ったものを探してください。
 とありましたので、読むヨーグルトが有りましたので、試みますと、辛抱できる味でした。
 続けますと、4日に一度の便通だったのに、毎日、一度は有り、是だけでも、気分爽快になりました。
 自分で、継続するにあたつて、少しずつ、一日、5回にしています。

ヨーグルとは癌に有効かどうか、どの様に納得したかを次回書いて見ます。

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2012.12.26

第17話 古事記が解いた古代史  倭人(4)

伯耆、美作、肥前、備中、備後、安芸に式内社が著しく少ない理由はここが天皇の勢力圏だったことだ。これも式内社の全国分布を調べることによって、得られた結論である。
 

第17話 古事記が解いた古代史 94ページより転載

コメントはしないでください。

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2012.12.24

健康・医療(49) ガンをやっつけよう(18) 免疫療法(3) ヨーグルト

テレビでは、ヨーグルトを食べると、免疫力が増強されると報道しています。

 ヨーグルトを食べると免疫力が出来て、インフルエンザに罹りにくい この部分が、ミソです。このように、専門家の話に拠ればという記事がいっぱいです。
 お医者さんが云っておられるのですから確かですと云わんばかりに、ある人物が登場します。
 どうやら、登場人物はお医者さんらしく、白衣を着ておられます。診療と関係が無くても、テレビでは、白衣とくれば、お医者さんを連想するのが定着しています。そこで、ヨーグルトと免疫は関係あると信じてしまいます。

 私は、この一年半で、原子力発電所の専門家の発言にはうんざりしました。その原子力発電所の運転の継続を認めるか認めないかで、地震の専門家が脚光をあびました。

 この人達のいい加減さには、又もや、うんざりします。 福井県の大飯原発の所は、活断層があることは間違いないから、発電所の稼働の廃止を決定しました。

 活断層は、いつか判りませんが、昔に地すべりが起った跡です。だから、又起こる可能性が強いという結論です。
 普通に考えれば、逆でしょう。1000年前に始めて、そこで地滑りが起ったのであれば、そこの隣では又、起るかもしれませんが、その部分で、地滑りが止まったのですから、もう二度と起こらないと思います。起こるとすれば、1000年後です。

 さて、骨折と一緒になるかどうか知りませんが、一度骨折した所は、又骨折するかも知れませんが、修理された所は、二度と骨折しないと思います。何故かと云いますと、切り傷ぐらいですとどこが切り傷の跡か判らない様に治ります。今度、怪我をした時は、切れない様に、皮膚を余分に分厚くしておこうという修理は行いません。
着る前と同じ状態になりますと、組織を増やすことは止めにし、修理完了です。 骨折は別で、骨折前よりも丈夫に修理をしたとしますと、
 もし、骨折した所が、二度と骨折しないように分厚く修理したとしますと、外から見ますと、直ぐに分ります。形が左右で異なります。たまに、そのような方を見受けますが、それは、治療された先生のミスだと思います。
骨折の時も、きっと、切り傷の時と同じ様に、元の状態になれば修理を中止します。
 しかし、同じ様に転んでも、きっと、同じところは骨折しないと思います。
 では、何故かと云いますと、同じ様に、転んで、右手をついても同じ骨の部分は居れないと思います。それは、前に転んだ時の状態を頭が記憶していて、違った転び方をするからではないかと想像しますが、見た目は同じでも、違ったし遊離の仕方をしているのかも知れません。テレビに出演されるお医者さんは、自信満々で、病気についてお話しておられますが、解っていにいことの方が多いと思います。

先日、地震が起りました。震度4だったでしょうか。
 直ぐに、発表が有りました。三陸沖の地震の余震だそうです。 いつまで余震が続くのでしょうか。
 殆ど、同じ、震度の地震がここ、一年続いています。
 このようなことを書きますと、叱られるかも知れませんが、尖閣諸島と竹島のことでは、中国と韓国とは、戦争状態に突入したなと考えています。
 戦争となりますと、何でも有りですから、地震・牛の口蹄疫、鳥インフルエンザと広く、警戒しています。
地震の事は、2回続けて書いています。
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2012-11-06

今回は、いろいろのことを書きましたが、主題は、どの分野の専門家であっても、国民は任してはいけないという事です。 政治も勿論です。

「ガンをやっつけよう」の連載は、癌には限りません。病気のことは、お医者さんに任せないで、国民全員が考えて、毎年掛る37兆円のうち、2兆円を減らして、其の2兆円を軍事費につぎ込もうと考えています。

其の作戦は、http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/ に書いています。

教で、77回ですから、1回目まで戻って、読んでください。

ヨーグルトの話は忘れていました。次回になります。

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2012.12.22

第17話 古事記が解いた古代史  倭人(3)

倭人に君臨していたのが天皇で、初代の神武天皇は先に述べた様に伯耆出身である。中国の文献に奴国と書かれたのは、伯耆の西伯郡と日野郡を一体にしたものだった。この中で西伯郡が古事記で根の国と書かれた所である。日野郡は記で黄泉国と書かれていたが、これは藤原朝臣が夜見国を書き改めたものだった。この証拠は神社の由緒には明らかに、夜見国と書かれていたので証拠が得られた。
 この二郡を合わせた地域をスサノオ命が先づ大国主神に譲った。この時に「是れ奴なり」と古事記に明記されていたのである。
 「漢委奴国王」の金印の奴国王とは神武天皇のことである。
 藤原が選定した式内社が、立地条件の割に周囲に較べて著しく少ない国が、式内社の全国分布で分る。伯耆、美作、備前、備中、備後、安芸かかこれにあたる。出雲一国で187社に対し、6ヶ国合せても81社しかなかったのである。
 安芸と吉備は神武天皇の時に長期滞在した所だし、美作は天皇の軍隊の本拠地だった。

第17話 古事記が解いた古代史 93ページより転載

参考に—-式内社と祭神
http://homepage1.nifty.com/o-mino/page257.html

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2012.12.20

健康・医療(48) ガンをやっつけよう(17) 免疫療法(2)ビタミンC

ビタミンCほど 不思議な薬は有りません。なにが不思議かと云いますと、この薬は、医師の処方箋が無くても、一般の薬局で買うことが出来ることです。
 という事は、どの様に考えたら良いのでしょう。

 ①飲んでも害はない。
  と思いますと、そうではないのですね。癌になった人が、一日に10gを飲むと癌が治ったと書いたものを読みました。
 それにしては、10gは多いなと思いまして、WEBで根気よく検索しましたら、素人がいい加減に飲んではいけない様な文を書いて居られる人が有りました。---お医者さんらしい方でした。
 かと思えば、「1日に1000mgとっても、体内への吸収量はおよそ400mgで飽和する」
飽和とはどういう意味でしょうか。では、ビタミンCを飲むときに、200ccの水を飲めば、もっと、解けるという事でしょうか。

「アスピリンとの併用は、壊血病になり、吐血することがある」
 こんなことが書いてあるという事は、危険もあるという事です。

「厚生省の国民栄養調査によれば、国民1人あたりのビタミンC摂取量は所要量の2.26倍。
 という事は、ビタミンCは、無理に摂らなくても、十分である。例えば、みかんを一日、一個食べますと、十分だと書いてありました。

②上のように勉強しますと、飲めば害が有るから、飲まなくても良い。---厚生省の見解
  どうやら、飲んでも、それ程、意味がないことになります。

それでは、はじめから勉強しようと、もう一度WEBです。 まずは、ウィキペデイアのお世話になります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3C

 読んで頂きましたか。ここに書いてあることが正しいとしますと、ビタミンCはどのような物であるかは、既に良く判っている「薬」であることは確かです。

 従いまして、危険があることを承知で、どうして、誰でも買うことが出来るのでしょうか。ここは、追求する必要があると思います。

 ビタミンCの原末と言うのが、売っています。200gほどで、2800円ほどだったでしょうか。私は、飲むことにしました。
 どうしてかと云いますと、
1. アメリカの人は、50%以上の人が、飲んでいると書いたものを読んだこと。
2. 次の事が書いてあったからです。

ビタミンCで温熱療法・・・ガン治療
http://www.naoru.com/v.c.htm
• ガンの発生の誘導物質を抑える
a. ビタミンEやセレンと同様に、初期段階の発ガン誘発物質に対抗する
b. 胃ガン・食道ガンのリスクを軽減する
c. ニトロソアミンの生成を阻止する
• 副腎皮質ホルモンの分泌に関与する。
a. VCは副腎皮質と黄体にあって、ホルモンの生合成に関わり、又ホルモンの酸化を防いでいる
b. ストレスがかかると、副腎皮質ホルモンの分泌が盛んになるので、VCも多量に必要となる
c. ストレスにビタミンCが有効
• 脂肪酸を分解するのに必要
o 脳・精巣以外の細胞のミトコンドリアは、脂肪酸からもATPを作る。そして、ATPを作るときに発生したエネルギーのロスが熱エネルギーになる。これが食物の特異的作用と呼ばれるものです。そして脂肪酸をミトコンドリアに搬入するときにカルニチン(タンパク質の一種)が必要で、そのカルニチンを作るのにビタミンCが必要です
• 活性酸素を除去する
o ただし、消去過程でビタミンC自体が活性酸素に似た強い酸化作用を持つので、1日10g以上の摂取は要注意。
o 1日2g以下にするか、ビタミンEを併用すること。
• メラニン色素の増加を防ぐ
③ 上に書いてあることが、正しいかどうか判断は、私にはできませんが、私の場合は、当初、毎日、みかんを2つ食べました。一つのみかんには50mgのビタミンCが含まれるので、それで十分であると書いてありましたので、その倍の200mgを取ることにしました。
 しかし、その後、10gのビタミンCで、手遅れの癌が治ったと例も知り、と思えば、上の1日10g以上の摂取は要注意 という記事もありましたので、100mgの錠剤を3錠のむようにしていました。
ビタミンCは水に溶けやすい物質なので、どうやら、薬による害は少ないであろうと、判断して、ビタミンCの原末を購入して、500mgをカプセルに詰めて、一日、3回飲みました。 4月頃から、これは治っているように感じるようになり、9月からは、少し減らして、一日、2回。合計1000mgを続けています。
 
 この薬が、本当に効果があるとしますと、癌になる人は、減り、既に癌になっている人も、治る可能性が増えると思われます。

もし、カプセルに入れないで、飲むことが出来る人は、どのような薬よりも安いし、どの様なサプリメントよりも安いと思います。

 なによりも、安心なのは、厚生省が、一般の薬局店で売るのを認めている所に有ります。
という事は、危険が一杯と書いた人は、ビタミンCを飲む人が増えて欲しくない人が書いたとおもわれても、仕方がないと思います。
 ビタミンCだけで、治る人が増えますと、一番困るのは、病院と薬のメーカーです。

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2012.12.17

第17話 古事記が解いた古代史  倭人(2)

ドイツ人の書物に漢族が、海南島の苗族を攻めたことが書かれていたのである。苗族とは雲南方面の少数民族の一つである。
 240年代の200万人の氏族は苗族と同じ風俗習慣を持っていたことになる。少名彦名命
は伊勢では苗代神社に祀られている。
 九州の薩摩、隠岐、ヒルゼン、丹波に苗代の地名が残っているのは、苗族と無縁と云えるだろうか。日本に一時期に大量の稲作民が渡来したと考える外ない現象が全国に起きていた。これは後に述べるがこの氏族が倭人と倭人伝に書かれた氏族である。
 古代の日本には倭人しか居らなかったのではなくて、この外に中山王国から亡命して来た白狄も居った。この氏族も全国分布していたことは銅鐸で証明された。
 この外に漢族が各地を占領していたし、高句麗人も居ったのである。先住民族のアイヌ人はこれらの民族の渡来によって北海道に移って行く外無かったのだ。
 土着民族が外来文化を吸収して現代の日本人になったとする皇国史観は矛盾している。


第17話 古事記が解いた古代史 92ページより転載

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2012.12.15

健康・医療(47) ガンをやっつけよう(16) 免疫療法

癌に免疫療法が有効という事を御存じですか。理屈は納得できませんが、身体の免疫力を上げると癌にはならないし、癌に罹っても、自分の力で治してしまうというお話です。

 私の知っている免疫とは、風邪をひきますと、その時に原因となった細菌とかウイルスが、一年経っても、同じ細菌とかウイルスが入って来た時には、交代と云うものを作っていて、やっつけてしまうというぐらいの事です。
 この理屈を応用したのが、天然痘です。
精しいことは、次の記事を読んでください。
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k01_g3/k01_40/k01_40.html
 ここにかいてある通り、この病気は紀元前から知られていた病気ですが、現在では、世界的に根絶された病気です。
 この考え方を応用して、いろいろの病気を予防することが出来ます。よく耳にするワクチンを接種しておきますと、その病気には罹りません。罹っても、かるい症状で済みます。

 根絶に近い病気には、脳性小児麻痺(ポリオ)が有ります。この病気も精しいことは知らないのですが、北海道の夕張という所から発祥したと記憶します。確か、昭和34年(1959)ころから、話題に上り、昭和35年には、一気に増加したと思います。どうして、覚えているかと云いますと、昭和34年から夕張の近くに住んでいたからです。ポリオは、その後、あっという間に、全国に拡がりました。しかし、ワクチンの威力で、私たちに息子が生れた1970年には、ポリオは終息していました。
 10年ほどで、ポリオを退治したことになります。
 天然痘は、2000年掛って、退治したことを考えますと、医学の力は素晴らしいものです。

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このページにコメントを書かないでください。

「このブログは、閉鎖するつもりでいます。」


 

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2012.12.13

第17話 古事記が解いた古代史  倭人(1)

テレビのお蔭で学者がなんと云おうと、わたし達の風俗習慣が雲南更にはブータンとあまりにも共通点が多いことを知ったのである。又言語の最も基本である数の数え方がチベットとは20まで全く同じだったことは、テレビの音声で知った。今年はブータンの王家の谷の放映で数え方が6まで一緒だったし納豆やソバまであることを知った。
 しかし 大野 晋が日本語のルーツはインドのタミール語だと述べても、外の学者は袋たたきにするのである。この論争の根本原因はこれを認めると皇国史観の学説が根底からくずれるので、、反対のための反対である。
 魏志倭人伝では今から1700年も昔にすでに15万戸すなはち200万人の風俗習慣が海南島人と同じだと述べている。海南島は台湾よりも遥かに南で、ベトナムに近い所である。倭人伝を論じた学者がなぜ倭人伝に書かれたこの記述に全く触れないかを、国民は反省して欲しい。下記は戦前の台湾総督府の〝海南島〟より引用させていただいた。倭人伝と呼ばれた民族は土着民族ではなかったのだ。

Photo


第17話 古事記が解いた古代史 91ページより転載

私からの一言  次のブログをご覧ください。
日本の稲作は、朝鮮半島を経由して伝えられたという事になっていますが、私は間違いだと思います。

ブータンの棚田の写真をご覧ください。
 http://washimo-web.jp/Trip/Bhutan02/bhutan02.htm
 この光景は日本のどこにでも見られる光景です。

 苗族の人は、朝鮮半島の新羅の国へも行きましたが、海南島、中国の福建省を経由して、直接日本へやって来たと考えています。
 その人たちが、日本本土に上陸して、高天原を建設したのが、ヒルゼン高原です。こちらでは、ブナ林が繁っていました。一見、ブータンに似ていますが、ブナ林の生えている所は、高度が高いのと、寒い所でした。そこで、高天原を建設は失敗し、
 ブナの現在の南限は、大阪府で、一番北の能勢町に生えています。
能勢町にも日本棚田百選に推薦されている棚田が有ります。
http://k2project.web5.jp/kesiki/nagataninotanada/nagataninotanada.htm
 
一枚目の写真は、ヒルゼン高原に似ています。 その後、天照大御神の子孫は、奈良盆地に新しい国を作ろうとしました。奈良県は、ブナではなくて、イチイガシがいっぱい生えていたのではないかと調べている所です。
 同じ盆地である京都が、平安京として選ばれましたが、この時の支配者は、天皇とされていますが、実質は中国人による支配された時代だったと考えています。


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2012.12.12

健康・医療(46) ガンをやっつけよう(15) 暖房器具

寒くなりましたね。寒がりの私は、5時に目が覚めましたら、コンピューターのある部屋は、ガス、電気、エア・コンの3つの暖房器具をつけて、又、布団にもぐりこんで30分部屋が温まるのを待ちます。
 しかし、部屋は温まっていません。奥の部屋は、誰もいませんが、カーペットのスイチを入れていますが、 部屋は温まっていません。何故駄目かと云いますと、家は、昭和40年の築ですから、すき間だらけで、風がどんどん入ってきます。
 折角、炬燵をして羽毛の布団に包まって、身体を温めてガン細胞をやっつけたつもりが、この寒さでは、血流が悪くなって癌が喜ぶことになります。
 3つの暖房器具をフルに使っても、身体が温かくならないのは、皮膚の表面しか温められないからです。
 
 そこで、推奨する暖房器具は遠赤外線の暖房器具です。何故か、きっと、売れ行きは良くないと思います。
 その理由は、きっと、遠赤外線が見えないからだと思います。赤外線の説明は、WEB
で検索しますと、直ぐに解ります。

 赤外線は赤色光よりも波長が長く、ミリ波長の電波よりも波長の短い電磁波全般を指し・・・

 ここまで読みますと、なんだか怖くなります。「波長の短い電磁波全般」と書いてあるからです。
 電磁波と聞けば、直ぐに頭に浮かぶのは、IH調理器具、電子レンジです。IH調理器具、と電子レンジをキーワードにして、説明を読んでみますと、原理は一掃複雑になり、頭混乱です。
 遠赤外線の暖房器具、IH調理器具、電子レンジに共通するのは、電磁波は目には見えませんが、発熱して、温められます。電子レンジはたまに、私も使いますが、凄いですね。牛乳ですと、あっと言う間に、アツアツになります。
 こんなすごい器具と赤外線炬燵が同じであれば、危険でないわけが有りません。

 赤外線コタツは、記憶がはっきりしませんが、使われ出したのは、昭和40年頃からではなかったでしょうか。光が目に当たると、失明すると云われ、あの赤い赤外線コタツを見るとだめだと云われました。美容に使うときは、目は覆ってつかうようにと云われました。
 電磁波は目には見えませんので、あの赤い色は温かく思えるように色がつけてあるとか
 
 そこで、部屋を暖めるのではなくて、コタツのように、身体の近くに熱源があるような器具ですと、普通の炬燵より身体を温めると思います。

 遠赤外線コタツがいいように思います。
ただ、使う時に注意が書いてありますから、よく読んで使って下さい。

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2012.12.10

第17話 古事記が解いた古代史  中山王国と銅鐸(7)

土佐は陸の孤島である。ここにイザナギ(ミ)命を祀った神社が多かったが、銅鐸も多く出土し、更に銅剣・銅矛等も出土した。
 土佐には帆船でないと行けない所である。今までは古代の船として紹介されて来たのは全て櫂で漕ぐ船だったが、これでは足摺岬や室戸岬を回航することは無謀である。
 保育社の〝日本の古代遺跡・鳥取〟には、鳥取県の壁画には何ヶ所か帆船が画かれていたことが報告され、画までが紹介されている。鳥取は銅鐸が多く出土し、しかもイザナギ(ミ)命を祀った神社が近接してあった所である。
 白狄人が全国に分布していたことは、主として帆船を使用していたと考えたいのだ。
 次には銅剣・銅矛も白狄人のものだと考えてイザナギ(ミ)を祀った神社分布を考えても矛盾は生じない。しかも青銅器を作る技術を持合わせた民族だった。
 銅鐸圏は何れ神武東征の対称にされ、これを持っていると殺されるので埋めて東北に民族移動を行ったのだ。


第17話 古事記が解いた古代史 89ページより転載

私より一言
 このページに書いてあることは、古墳から国宝級の鏡が出土したより素晴らしい発見だと思いますが・・・・。、

①土佐は陸の孤島である。
②ここにイザナギ(ミ)命を祀った神社が多かった
③銅鐸も多く出土し、更に銅剣・銅矛等も出土した
④土佐には帆船でないと行けない所である。
⑤今までは古代の船として紹介されて来たのは全て櫂で漕ぐ船だった
⑥鳥取県の壁画には何ヶ所か帆船が画かれていたことが報告され、画までが紹介されている
⑦白狄人が全国に分布していた (イザナギを祭る人が、全国にある)
⑧しかも青銅器を作る技術を持合わせた民族だった

 以上の事から、次のことが推察される。
銅鐸圏は何れ神武東征の対称にされ、これを持っていると殺されるので埋めて東北に民族移動を行ったのだ。

 銅鐸の謎、イザナギを祭る神社が、東北にも一杯ある理由が説明できる。

イザナギ・イザナミを祀る神社は、あまりにも多すぎて、全部しらべるのを諦めました。


 http://homepage1.nifty.com/o-mino/page155.html
全部調べて、WEBで公開してください。又、新しい発見が出来ると思います。

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2012.12.09

第17話 古事記が解いた古代史  中山王国と銅鐸(6)

白狄人はもともと狩猟民族だが、登呂遺跡に水田があったことから稲作もやっていた。イザナギ命は天照大御神に高天原を治めよと命令された。このヒルゼン高天原
には広大な水田が直ちに出来る平野があった。
 これはイザナギ命も水田に稲作することを知っていた証拠である。従って全国的に紀元前4世紀に稲作をやっていてよかったし、稲作は朝鮮から伝来したのではなくて、白狄人が雲南方面からの渡来者に学んだと考えてよい。
 青森の亀ヶ岡遺跡や是川遺跡からは紀元前7世紀以降の縄文晩期のすぐれた出土品が多い。この中には中山王国にもあった黒色をした陶器まであった。これも白狄人の遺跡と考えてよい。
 筑波山の尾崎製鉄遺構はカーボン14の測定で紀元前170年と分った。土器の編年で8~9世紀と学者は無謀な発言をいているが銅鐸のあった以上この技術者は製鉄技術も持ち合わせていた。従って紀元前170年で正しかったのである。


第17話 古事記が解いた古代史 88ページより転載

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2012.12.07

健康・医療(45) ガンをやっつけよう(14) がんをやっつけました

私ごとですが、膀胱にガンが見付かって、昨年12月2日に手術をしました。そして、自分にも言い聞かせながら、考えられることは、すべてやってきました。

平成24年1月から週に1回、牛の結核菌を膀胱内に注入をする治療を受けました。細菌を膀胱に入れるだけだと思ってして貰ったのですが、なんだか、ひどい薬でした。注入後は、5時間頃から、坐っているのもしんどい状態になるのと、疼痛に襲われました。
4日ほどすると、少しマシになるのですが、7日目には、どうにか、2回目をして貰おうかという気になるシロモノでした。
 膀胱の炎症は、以前よりひどくなり、多いときには、1日に30回を越える排尿となりました。
 しかし、3ヶ月の頃から、排尿の回数が減り、1日に10回前後になり、出血もなくなり、癌の細胞も尿中に見られなくなりました。
 6回の牛の結核菌を膀胱内に注入が終った時に、先生は、これは一年以上辛抱する人は少ないですと控えめに云われましたが、その後がいけません。
 もし、駄目なときは、いろいろの抗癌剤がありますし、それで駄目なときは、膀胱を取ればいいですからと云われました。
 こりゃ、このままでは、膀胱を取られてしまうので、先生に全面的にお任せするのではなくて、自分でできることで、効果があると思ったことを全てしました。

 その後、3ヶ月に一回、膀胱にカメラを入れて、様子を確認しました。
2回診て貰いましたが、2つ、やや赤みのあり、少し隆起した部分が無くなりません。先生は、どうやら、再発を疑われたらしく、
 ①牛の結核菌を膀胱内に注入
 ②抗癌剤の使用
 ③再手術
 の内のどれかで、治療を継続したいと云われました。私は3つともしたくないと云いましたが、先生の考えは、決まっているようなので、再手術をお願いして、
 8月16日にしました。
 怪しい組織をはがしとり、その内、7ヶ所の組織を検査して頂きました。

 結果が早く出て、入院中に分りました。
 メデタクも 癌細胞は有りませんでした。術後の経過は、前回より良かったので、2日早く退院できました。

 3ヶ月後に、再発・転移がないかどうか調べることになり、11月16日にCTスキャン、腹部レントゲン検査、その他の検査をしました。20日に結果が解り、全てマイナスであることがわかりました。

今日、12月3日で、まる一年になります。 (この記事を書いたのが、12月3日です)

自分では、一応、治ったと思っています。
次回の診察日は、3ヶ月後の2月18日です。

 という事で、治療はずっと、続くことになりそうですが、書いております、
【健康・医療(44) ガンをやっつけよう(13) 温熱療法】と他の予防方法は、続けようと思っています。

 いくら癌が治っても、年令が年令ですから、他の病気になりますと、意味が有りません。

 4年間、飲んでいました高血圧の薬も、最近は飲まなくなりました。
 温熱療法---歩くと熱いお風呂に入る
 が高血圧にも効果があるのではと思っています。

 何分素人の云う事ですが、ほどほどにして続けて読んでください。

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 まだ私は入院中でしたが、結果が分った次の日の朝、いつも二人で行く神社参りは、家内が一人で行ったのですが、鈴をならして、神さんにお礼を云って、数歩いたところで、立ち止まると、蝉がしきりに鳴いているのが、耳に入りました。
  いつも、頑張ってもできないのに、すぐに 俳句が出来たといいます。

 願叶ひ佇む社蝉しぐれ

いつも投句している雑誌に掲載されたのですが、

先生が、添削されていました。

願ひ叶ひ佇む社蝉しぐれ

 なんだ、同じだと思われるでしょう。毎朝、神社にお参りしている時に、神さんにはお願いしても駄目なのだと云っているのですが、家内は、「願」を掛けていたのです。

この一年は、玄米食を食べて、ザル一杯の野菜でジュースを作り、牛肉は一年間食べませんでした。

 俳句の先生は、そのような事情をご存じないから、仰々しい「願」は避けられたのでしょう。でも、なんだか 神さんにお礼を述べて、歩きはじめると、力が抜けて立っていたら、喜びが溢れてきて、落ち着くと、蝉の声に社は満ちていたという俳句です。

この俳句を読んで家内の喜びを感じることができるのは、私だけだと思いました。

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2012.12.06

第17話 古事記が解いた古代史  中山王国と銅鐸(5)

中山王国文物展には60キロもの重さの鼎が出品してあった。これは脚の部分が鉄で、この上に青銅が鋳つぎしてあった。これは現在の鋳物技術でも至難である。この青銅の部分に469字の銘が入れてあった。文字が永久に消滅しないためには、わざわざ青銅を鋳つぎしたのである。
 これは銅鐸を鳴らして踊った白狄人が漢字を知っていたしょうこであり、年代を干支で勘定する民族だったことだ。漢字はいくら遡っても4世紀以前には無かった学説は間違いだった。紀元前4世紀頃にすでに漢字を知った人が全国に分布していたのだ。
 静岡県の銅鐸密集地にはイザナギ(ミ)命を祀った神社も密集している。静岡市の登呂遺跡の水田跡はカーボン14で紀元前350年のデータが出たのである。従来は弥生後期すなはち300年頃と云われて来たのは実に650年も年代を遡って考える必要を生じた。この時登呂に住んでいたのは白狄人で雲南系倭人ではかなったのである。カーボン14は意外な事実を教えてくれたことになる。

第17話 古事記が解いた古代史 87ページより転載

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2012.12.05

健康・医療(44) ガンをやっつけよう(13) 温熱療法(11) 外部から温める(2)

外部から温める方法は、外にもあります。寝具に羽毛布団を使用することです。軽いので安眠できます。
 川が近くにありましたら、暫く覗いていますと、いろいろの鳥がやってきます。寒そうにしている鳥はいません。寒くないのだと思います。
 
雪やこんこ あられやこんこ
降っては降っては ずんずん積もる
山も野原も わたぼうしかぶり
枯木残らず 花が咲く

雪やこんこ あられやこんこ
降っても降っても まだ降りやまぬ
犬は喜び 庭かけまわり
猫はこたつで丸くなる

どなたでも知っている歌の歌詞ですが、
次の部分はまちがっているのではないか思います。
犬は喜び 庭かけまわり
猫はこたつで丸くなる

 いろいろの種類が有りますから、一概に言えませんが、犬の方が寒がりだと思います。
両方飼っていると、犬の方が、ストーブの近くに寄ります。毛を触りますと、手が熱いぐらいでも、平気です。或る程度毛で熱くなりすぎるのを防いでいるのだと思います。犬の炬燵をしてやりますと、何時までも乗っているので、低温やけどをします。
 どうしてかは、判りませんが、犬の方が、毛が太いからではないかと思います。そこで、冬には、中の方に、細い毛を生えさせて、冬を乗り切るのだと思います。

 もっとも、エスキモー犬はいますが、エスキモー猫はいません。働く犬はいますが、働く猫はいないのではないでしょうか。

 もう一度鳥に戻ります。
川で見付かる鳥は、川の中の餌をついばんでいます。お腹は水に浸かっていますが、体温はさがらないのでしょう。

 羽毛布団は、外部からの温度はシャットアウトしますが、内部に発生した体温は、逃がしません。自分の体温を保持しますから、寒くない筈です。

 と書いてきましたが、上に書いたことは、あまり自信はありません。そこで、靴下は掃きませんが、炬燵はしています。
 適温より上がった時は、頭が判断して、汗を下げてくれる筈とし感じています。

 本当かどうかは、寝る前に体重を計って置いて、起床時にもう一度体重を計ります。
必ず、減っていますから、汗が出ていることが判ります。

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2012.12.03

第17話 古事記が解いた古代史  中山王国と銅鐸(4)

銅鐸の分布図(83頁で同一の鋳型で鋳造した銅鐸が畿内と鳥取県に多発していた。これこそはイザナギ命が伯耆(蒜山高天原を含む) から近江の多賀に移った別の角度からの証拠である。
 イザナギ命には皇子が無かったので、後継者に長髄彦を選んだ。この長髄彦をニギハヤひ命が天照大御神の「天ツ瑞」を奪って自分が天ツ神の子孫だと欺した。
 イザナギ命とニニギ命は民族はっても友交関係にあったので、神武天皇は親のかたきのニギハヤ命を征伐に東征したのである。
 ニニギ命は天忍穂耳命の王子だが天照大御神の後継者に選ばれたのであって、この間に血のつながりはない。これは記を注意深く読めば解ける問題である。
 銅鐸を持って居ればニギハヤヒ命の一味と間違えられるので、白狄人は銅鐸をを地中に埋めて環頭、東北に民族移動した。これが蝦夷とよばれ、夷がつくことは名付親の藤原とは別の民族だったことである。藤原は漢民族のゲリラだったのである。


第17話 古事記が解いた古代史 86ページより転載

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2012.12.01

健康・医療(43) ガンをやっつけよう(12) 温熱療法(10) 外部から温める

いわゆる暖房という事になります。
私は寒さに弱いので、暖房は、十分にしています。
もう、30年ほど前になるでしょうか。釧路の友人の家を訪れ、一泊させてもらいました。その時、友人は、シャツ一枚の身なりでした。寒がり屋の私は、釧路は、夏でも、夜になると学生服を着た記憶が有りますから、冬の寒さは、すごいのですが、彼は、なにも贅沢は要らないが、冬はシャツ一枚で生活したいと云いました。
 それを聞いてから、私も冬は、惜しみなく暖房費を使って温かくしています。(それでも、膀胱がんになったのですから、この温熱療法は当てにならないかもしれません)

 とはいうものの、私の家は、周りの家の中では一番古く、すき間風が、どこからとなく入って来るので、暖房をしている割には、室温が上がりません。
 現在は、灯油、ガス、電気の器具で温度を上げています。その代わり、換気はゼロでも、死ぬことは有りません。
 こんな話は、みなさんには必要ないでしょうね。隙間風邪など入りませんし、床暖房ですと温かいですね。
 でも、これから、光熱費が上がりますと、ついつい、抑えるという事になると思われますが、少なくとも、現在、癌で治療中の人は、光熱費など構わず、暖房された方が良いと思います。
 夜間の暖房ですが、部屋ぜんたいの温度をあげますと、効率が悪いので、足のほうだけ。毛布をふやす。靴下をはいて寝る。炬燵をする。知っていることですが、癌治療中ですと、効果はあると思います。
 部屋の暖房を消して、お布団の周りを強化しましても、肩の周りは、寒いものです。わたしは、真綿入りの軽いチョッキを着て寝ます。

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