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2013.01.29

第17話 古事記が解いた古代史  高天原(2)

地図で西南のすみに坂井原の地名が見える。 
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=133.4952591&latitude=35.20511622
ここに大国主神とスセリ姫を祀った板井神社があった。県境の最北に擬宝珠山があり、ここを北に通じる道を20粁降りた所に、大栄町に高千穂がある。 これらの周囲の条件から、高天原はヒルゼン高原としてよかったのである。ここには昔から高天原だった伝聞が残っていた。
 昭和3年にヒルゼンの南の勝山中学の教頭の佐竹淳如氏が、“神代遺蹟考”と題する原稿を書いた。これは高天原が日留山高原だったとの論文である。この論文が不敬罪にふれ、先生は京城の平教員に左遷させられ、原稿は発表されなかった。
 この原稿が同志によって昭和55年に遺構として発表されたのである。
 戦前に高天原は近江にあった等の書物は出版され、佐竹氏の論文は発禁になったことこそ、真実を知っていた一部の学者が警察と共同で言論を抑圧した証拠ではないか。
 わたしは友人からこの遺稿を昭和55年8月に
贈られ、古事記の地名探しを始めた。


第17話 古事記が解いた古代史 110ページより転載

板井神社 資料
http://asilka.blog61.fc2.com/blog-entry-264.html

資料では 祭神は大己貴命になっています。 田村氏の記事では、大国主神と書いてあります。
大国主神は、古事記では、刺国若比売の子供と書いてあります。この大国主神は、別名が大穴牟遅神、葦原色許男神、八千矛神、宇都志国玉神というと書いてあります。

大己貴命は日本書紀に書いてある神で、大国主神とは、関係ないはずですが、同じ神ということになっています。しかも、読むときは、オオムナチと読みます。大穴牟遅神は、オオアナムチとそのまま読むことができます。

この神社は、藤原氏の支配下になったと考えています。

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2013.01.27

健康・医療(55) ガンをやっつけよう(24) 食事療法(1)

あれ 食事療法とはなんだと思われたでしょう。
 これは、癌と食事は大いに関係が有るという事です。
 
 初めに、WEBで検索してください。キーワードは、「食事療法 がん」です。
トップにヒットしました。
http://umezawa.blog44.fc2.com/blog-entry-275.html

 という事は、この文章をどれぐらいの方が読まれたのでしょう。

 書かれた方は、お医者さんです。
 私には、一般の読み物であれば、これでもいいですが、医学の観点からの説明は一つもありません。全部、ご自分の診療経験から述べておられます。

診療経験は重要なことですが、ご自分は、一度も、食事療法をされたことは無いのに、食事療法を奨めている人を「自分たちの代替療法がいかに優れているかを大々的に宣伝している輩がまだ日本には数多く生息していることは事実です。」と書いて居られます。同じような内容を他にも書き、「輩」「連中」と、品の無い言葉で溢れています。
 
 嘘か本当か知りませんが、現在、日本では、二人に一人の人が癌になられるそうです。という事は、人口が12000万人としますと、6000万人が癌になられることになります。
 これは明かに間違いです。
 今度は、逆に、一年に亡くなられる方は、100万人ぐらいらしいです。生まれる方は、100万人弱だそうです。これでは、次第に人口が減っていくことになります。

 今度は、角度を変えて見ます。二人の夫婦が一生に産む子供の人数は、よく判りませんが、次のブログから、云えることはどんどん低下しています。

夫婦から生まれる子ども数の減少
http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w-2006/18webhonpen/html/i1112300.html

夫婦の生涯出産数、初めて2人を割る 平均1.96人
http://www.asahi.com/edu/kosodate/news/TKY201110210129.html

出生率
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1550.html

こんな難しいことを言わなくても、二人の夫婦が、全員が、二人の子供を生めば、増減なしになります。出産数が、平均1.96人となりますと、人口は減ってきます。
 この二つの数字を合せますと、100万人の人が毎年亡くなられて、100万人の人がうまれているという私のいい加減な記憶は正しいことになります。
さて、この100万人の人が毎年亡くなられますが、原因は、交通事故などもありますから、病気とは限りませんが、現在は癌がトップであると記憶しています。

06年のがん死亡者は32万9000人と推計
http://www.jcancer.jp/news/2007/
06年にがんで亡くなられた方が、32万9000人です。では、何人の癌の人を此の年は、治療しておられたのでしょう。仮に治られた方が、3分の2の方だとしますと、99万人の方が、治療を受けておられたことになります。

長いこと掛りました。この先生が、つぎのような過激なことを書かれるほど、臨床の経験がないという話を書きました。先生は、一年に何人の患者さんの治療をされたのでしょう。

①「食事療法ではガンは良くなりません!」
②食べたいものを我慢した生活」を死ぬまで強いられるのです。
③食事療法は実践すべきではない治療だと考えています。

①私は、癌の治療の3分の2は、食事療法だと考えています。
②食べたいものを我慢するという点は、ある程度ありますが、死ぬまで強いられるという話には、根拠が有りません。どの先生も、そのように思っておられるのでしょうか。
私は、一年で治癒しましたが、3年だけ、食事療法を続けようと思っています。

③代替療法はけっして悪い治療ではないと思いますと書いておきながら、食事療法は実践すべきではないとは、意味が良く判りません。

 私は癌に対しては、素人ですが、医学は知らなくても、普通に考えるだけで、書いて居られることが、正しいのか、おかしいのかは、判る様な気がしています。

次回は、この先生が間違っておられるなどとは書きません。
アメリカと日本の癌に対する考え方が随分違うなという話を書きます。

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2013.01.23

第17話 古事記が解いた古代史  高天原(1)

高天原は現在は岡山県の西北でとっとれ権との境にあり、岡山県はチベットと呼ばれるにふさわしい辺境の地である。左図で点線に囲まれた範囲が蒜山原と古代には伯耆に属していた。
 周囲は上蒜山(1200米) 三平山(1010米)等の高山に囲まれた要害の地で、大山、蒜山国立公園に属している。
 集落のある所は海抜450米の平野部で、太古には湖底だったので広大な地域が葦が繁った沼だった。この広大な平野の地名に全て田がついていた。
 高冷地でしかも火山灰土のため、阿蘇の盆地同様作物が穫れない所である。しかるに広域に地名に田がついたことは計画的にしかも2・3年以内に何万かの稲作民を入殖させないことには起らない現象である。
 イザナギ命がみそぎをした時に現われた神々を祀った大河原神社と吉原神社は左図で大山の西南の大滝の地名の近くである。
 大山の西麓に溝口町があり、ここに御墓原と鬼住山が有った。


第17話 古事記が解いた古代史 109ページより転載

私からの一言---下から三行目の左図は、掲載することが出来ませんでした。

この辺りの地図を記して置きますから、確認してください。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?citycode=33214 
鳥居のところが、吉原神社
 少し、東へ移動した所が、大河原神社です。
大滝と吉原の間に、白水川が流れています。 白水川を下る時に、地名に注目してください。「大」の字がつく地名が気になります。
「白」の名が付く地名は、伊弉諾神に関係あることが多いです。白水川が日野川に流れ込むところから少し下流に、溝口が有ります。です。溝口駅の東に、鬼住山が有ります。ここには、中国人が住んでいたのではないでしょうか。
稗田阿礼が、古事記をつくる時に、資料集めに、大滝、吉原、中大河原、大河原を通ったのではないかとの推理を書いています。 太安万侶は、稗田阿礼が集めた資料を元に、天皇家の先祖に関係ある人の名前を織り込んで、物語を作成したのではないかと想像しています。ですから、神話ではありません。

 No15 富士山麓オーム鳴く
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2007-08-05
 イザナギが、イザナミと最後に在った所が、「御墓原」で、鬼に追いかけられたところが、「鬼住山」です。そして、禊をした所が、中大河原、大河原です。

イザナギはどこで禊をしたか
http://homepage1.nifty.com/o-mino/page256.html

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2013.01.20

健康・医療(54) ガンをやっつけよう(23) 免疫療法(8)

免疫力を上げるために、ヨーグルトは、効果がある。それだけではなく、癌にも効果があるなど、経験を交えて、多くの人が語っています。私も、その内の人にりなりますが、
 次のブログは、書いて居られる人が、専門科なのか、素人か判りませんが、これ以上書くことが無いのではないかと言うほど、簡単に解り易く書いて居られます。
 きっとねプロの方と思われますが、最後まで、読んでも、どうして、免疫力がアップすると癌に効くのかは判りません。
 このように書いていましたら、プルミエールクリニックという病院のホームページであることが分りました。
http://www.meneki-up.jp/lifestyle03_a.html
 

 書かれている文章をクリックしますと、そのことに関する説明を詳しく説明してあります。残さず、全て読みますと、どうやら、免疫力を上げる方法は、薬をつかったりする以外は、すべて書いてあるのではないかと思います。
 もう一つ大切な事は、癌と免疫は大いに関係あるのですが、一般の本には、あまり書いてありません。
 例えば、「笑う」「リラックスする」「ぬるいお風呂にゆっくり浸かる」が免疫を上げると書いてありますが、いいからと云って、一日中、笑ってもおれませんし、一日中、お風呂にも浸かって居れません。
 これらの事を、多く実行しますと、複雑にからみあって、免疫力が増えるという事だと思います。
 「ぬるいお風呂にゆっくり浸かる」は免疫力が増えて、ある種の白血球が出動して、癌をやっつけるという事でしょう。やっつけることは困難でも、癌になりにくいことも云えると思います。
 これと正反対ですが、42度の温度のお風呂に浸かりますと、癌は増えることは出来ないと思います。増えない所に、免疫力が加わりますと、癌をやっつけることになると思われます。

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2013.01.17

第17話 古事記が解いた古代史 隠岐(3)

古事記の冒頭に出てくる高天原は訓読みでしかも中国の音読みと同じ意味だとすれば、漢字を知っていた人が、高天原に渡来する以前に居ったことである。これは白狄人が居ったとすれば片付く。中国人がわざわざ
訓読みを後世に持込んだ様な学説はおかしい。漢字が4世紀前にはなかった説は成立たないのである。
 日本語の基本の数の数え方がチベットと全く同じことは、発音だけが伝わる様なことはあり得ない。相当の人数の人の渡来が必要である。
 しかも例えばこの二つの民族が友好関係になければミックスした日本語は出来ない。
 この意味で隠岐こそは日本語が完成した場所だと考えたいのである。更に銅鐸が広域に分布していたことは、普及には白狄人が重要な役割をはたしたと考えたい。
 例えば、多賀神社が鹿児島にも津軽にも近江にもあり、常陸に多賀郡、仙台に多賀城があることは日本語の伝播を考える上でも大切なことと考えてよい。

第17話 古事記が解いた古代史 107ページより転載

私からの一言---このページは、田村氏が、淡々と、このように考えたいと他人ごとのように書かれていまいが、確たる信念を述べておられるように思います。このような論法は、歴史家には、許されない雰囲気が、歴史界にはありますが、日を置いて、読んで頂きますと、含蓄ある文章であることを発見されるのではないかと思います。
 試に、多賀の地名だけをしらべますと、誰もが述べなかった歴史が見付かると思います。

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2013.01.15

健康・医療(53) ガンをやっつけよう(22) 免疫療法(7) ヨーグルト(5)

ヨーグルトを食べるとどうして、癌に効果があるかと考えるようになったかを長々と書いてきました。
 どうも馬鹿馬鹿しく思われた様で、読者は減ってしまいましたが、私は今では、真面目に効くのではないかと考えるようになっています。
 それは、完璧に癌をやっつけたからです。

 余り沢山のことをしたので、どれが効いたのか判らないのですが、間違いなく、腸の調子は良くなりました。これが、ヨーグルトを食べたからよくなったのかどうか判りませんが、食べて暫くすると腸の動く音がしますから、関係あるのだと思います。どうして、関係あると書いたかと云いますと、胃、腸に入って来たものが、身体にとって良くないときは、脳は吐いてだすように命令すると考えています。ヨーグルトが胃に有る間に、判断したとしますと、症状は嘔吐になるはずです。
 という事は、ヨーグルトが腸に行った時に、良くない物だと判断しますと、胃には戻す訳には行きませんから、下痢をするか、腸の運動を良くして、早く出そうとしているのかも知れません。
 たまには、腸の音が聞こえるだけではなくて、便が少し軟便になることが有ります。
という事は、腸の動きを良くしたことは確かですが、身体にとっては良くなかったことになります。しかし、軟便になる方が、少ないようですから、微妙です。

という事で、一度に食べる量を少なくして、回数を多くするようにして、調整しています
 さて、免疫力がついたかどうか分らないのですが、免疫力の事は、次回に書いて見ます。

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2013.01.13

第17話 古事記が解いた古代史 隠岐(2)

隠岐の神社リストに神名帳社名と書かれていたのが、藤原が定めた式内社である。この祭神は素性が全く分らない神であることに注意して欲しい。藤原はこの神社の氏子に限って幣帛料を軍資金として渡していたのだ。
 式内社が天皇勢力打倒が目的だったことは隠岐の神社を検討すれば諒解出来る。
 ここに南北朝の時代の正統派の後醍醐天皇が島流しされたのである。天皇を幽閉したのは藤原勢力だった。
 天皇はここを脱出して伯耆に渡った。ここは天皇の勢力圏である。中世の勤王の士の、名和長年、児島高徳、和気清麻呂、菅原道真(生れは出雲)、吉備真備、桜山玆俊等は全て、先にあげた倭人勢力圏からの出身で、藤原に遠ざけられたのである。
 話はそれたが、隠岐こそは日本語が完成した国である。各国から新天地を求めてやって来た人が、別々のコロニーを作り共通語としての日本語を完成させた。この中には漢文が分る人も、チベット人も干支が分る人も含まれていたのである。


第17話 古事記が解いた古代史 106ページより転載


 隠岐(1)は、95頁に、 隠岐(2)は、106頁に掲載されています。
 この間には、
隠岐式内社リスト と 隠岐にある神社とその祭神を記したものが掲載されています。
以前は、このようなときには、本をそのままコピーして、掲載出来るように編集して掲載したのですが、コピー機が壊れて、同じ会社のコピー機を買ったのですが、掲載できなくなりました。
 秦王国(1)のように、図ですと、どうしてもコピーしたいのですが、今後できなくなりました。
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2012/10/172-a3cf.html
 
今回は、漢字ばかりですが、10頁、びっしりと漢字が有りますので、打ち直す元気が有りません。
 この頁には、15の神社と祭神が書いてあります。
 この資料は、以前に打ち直して、次の所に保管していますから、ご覧ください。

隠岐国の式内社と祭神
http://www21.atpages.jp/skeikas/page284.html

田村氏は、96頁の最後の行に、「雲南系の神社は一社も含まれない」と書いて居られます。

96~106頁には、式外社も含めて、107の神社を掲載しておられます。これは隠岐支庁が調べられた資料です。

 この資料は、田村氏の別の本に掲載しておられましたので、利用できるように、打ち直し、次の所に保管しています。
【隠岐島の神社】
http://homepage1.nifty.com/o-mino/page211.html

 田村氏は、この神社の資料をすべて、調べられて、雲南から人々がやって来たことに気が付かれました。
 雲南だけではなく、中国からは、中山王国の人もやって来たと考えて、そのことが、古事記に書いてあるのだと考えられました。

今、紹介しているブログは、【古事記が解いた古代史】ですが、そのつもりで、読んで頂きませんと、田村氏の主張される日本の歴史は、理解出来ないと思います。

 さらっと、見るだけではなく、祭神はどの様な神が掲載されているかご覧ください、

そして、全国に祀られている式内社の祭神と比べてください。
(全部ではありませんが、全国の式内社の祭神を集めている最中です)
http://www21.atpages.jp/skeikas/page006.html

隠岐以外の国ですと、古事記に書いてある神も載っていますが、殆どありません。
全国の式内社に書かれている祭神は、殆どが、日本書紀に書いてある祭神です。

 延喜式神名帳に指定されたのは、良いですが、祭神の名前を書換えられたことになります。その代り、良いことがあったことになります。

 ところが、隠岐の式内社では、古事記や日本書紀に書かれている祭神の名前は有りません。式外社の祭神もご覧ください。

歴史は式内社を調べますと、いろいろの事が判ります。和泉国や出雲国も調べてください。それが分りますと、式外社も調べなくてはならないことが分ると思います。

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2013.01.11

健康・医療(52) ガンをやっつけよう(21) 免疫療法(6) ヨーグルト(4)

がんになられた方は、どなたも、治りたい、そして、一生懸命に治そうとされます。どうされますか、誰か近くに相談できる人がおられたら相談することになりますが、居られないときは、本を読んで少しでも、解決方法を探そうとします。
 図書館に行きました。これでもかという程、本が有りました。勿論、全部読みました。どれも、治るように書いてありました。殆どの本は、オ医者さんが書いて居られますが、自分の所へくれば、治るように書いてありました。
 ある本は、癌全体のことを書いてあるのに、多くの臨床例を一杯書いて居られました。
そして、一番最初の症例に、膀胱がんのことが書いてありました。確か、膀胱がんの事が沢山書いてありました。その又、最初の症例は、手術をして上手く手術が行ったのに、その後、転移して、7回手術をされましたが、無くなられたことが書いてありました。

 確か、この先生は、泌尿器科の先生でもないのに、どうして、いくつかある膀胱の症例の内、一番悲惨な結末を迎えられた症例を最初に書かれたのだろうと思いました。もう一つの疑問は、泌尿器科の先生であれば、泌尿器の症例が多いですから、沢山書くことになります。
 しかし、外の本も一杯読みましたが、膀胱がんのことは殆ど、取上げておられません。泌尿器では、前立線癌のことは取上げられています。

 初めは、膀胱がんのことは、取上げるまでもなく、殆どが治るのだと解釈しました。
しかし、先に述べました7回手術をして一年後に亡くなられた症例は、書かれた先生の症例ではなくて、誰か別の先生から聞かれたり、医学雑誌に掲載されていた知識ではないかと考えました。
 本を書かれた先生は、自分の所へ治療に来てもらうために、最も、治り易い膀胱がんの人に、来てもらおうと思われて、本を書かれたのではないかと、考えました。

 結局、この様に疑いながら、この本は3回読みました。
面白いですね。読むたびに、書いてあることが違うように思いました。
 他の本と総合して、結論は、膀胱がんは、肺がんやすい臓がんなどに比較すれば、治り易いが、最悪の時は、一年後には、7回も手術をした挙句、死ぬこともあるのだと覚悟しました。

 そこで、「私は、こうして癌をなおした」と書いてあるもののうち、私にもできることは、全部しようと考えました。

 その時に、ほうほうとして、二つの方法をすすめることにしました。一つは、癌とは、どのようなものなのか もう一つは、理屈はどうでもいいですから、治ったという人の話を聴こうです。
 「癌とは、どのようなものなのか」から知ったことは、癌と低酸素細胞と関係あることです。分らないままに、次の所に書いています。
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2012/06/75-eb6c.html
 これは、トップですが、以後は、右のカテゴリーの欄をクリックし、一番下までスクロールしますと、現れます。この理屈から、温熱療法が、浮かびます。簡単に言えば、温度42度以上のお風呂に、何回でも、入るだけで、どの癌細胞をやっつけることができるという治療法です。
 
 理屈では、身体の免疫力を高めると、その力が癌をやっつけるという理屈。こちらは、理屈は良く理解できませんが、一日、500gのヨーグルトを食べると癌が治ったという情報を見つけました。
 これは信用置けませんが、どうやら、別に食べても、死なないようです。これは自分に都合の良いように判断したのですが、何故か、500g入りのヨーグルトが売ってあるのです。売っている会社は、ヨーグルトを食べたら癌が治るとは云ってませんが、最近は、ヨーグルトは免疫力を高めると宣伝しています。何故かし云いますと、身体の中の免疫力は腸で作られるのだと宣伝しています。これは、間違いであれば、この宣伝は禁止されるでしょう。禁止されないという事は、正しいのでしょう。

 変な論法ですが、実行することに決めました。いろいろ曲折はありましたが、腸の調子はよくなったことは間違いありません。
 ただし、飲むヨーグルトを飲用しています。

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2013.01.04

第17話 古事記が解いた古代史 隠岐式内社リスト

 隠岐(1)は、95頁に、 隠岐(2)は、106頁に掲載されています。
 この間には、
隠岐式内社リスト と 隠岐にある神社とその祭神を記したものが掲載されています。
以前は、このようなときには、本をそのままコピーして、掲載出来るように編集して掲載したのですが、コピー機が壊れて、同じ会社のコピー機を買ったのですが、掲載できなくなりました。
 秦王国(1)のように、図ですと、どうしてもコピーしたいのですが、今後できなくなりました。
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2012/10/172-a3cf.html
 今回は、漢字ばかりですが、10頁、びっしりと漢字が有りますので、打ち直す元気が有りません。
 この頁には、15の神社と祭神が書いてあります。
 この資料は、以前に打ち直して、次の所に保管していますから、ご覧ください。

隠岐国の式内社と祭神
http://www21.atpages.jp/skeikas/page284.html

田村氏は、96頁の最後の行に、「雲南系の神社は一社も含まれない」と書いて居られます。

96~106頁には、式外社も含めて、107の神社を掲載しておられます。これは隠岐支庁が調べられた資料です。

 この資料は、田村氏の別の本に掲載しておられましたので、利用できるように、打ち直し、次の所に保管しています。
【隠岐島の神社】
http://homepage1.nifty.com/o-mino/page211.html

 田村氏は、この神社の資料をすべて、調べられて、雲南から人々がやって来たことに気が付かれました。
 雲南だけではなく、中国からは、中山王国の人もやって来たと考えて、そのことが、古事記に書いてあるのだと考えられました。

今、紹介しているブログは、【古事記が解いた古代史】ですが、そのつもりで、読んで頂きませんと、田村氏の主張される日本の歴史は、理解出来ないと思います。

 さらっと、見るだけではなく、祭神はどの様な神が掲載されているかご覧ください、

そして、全国に祀られている式内社の祭神と比べてください。
(全部ではありませんが、全国の式内社の祭神を集めている最中です)
http://www21.atpages.jp/skeikas/page006.html

隠岐以外の国ですと、古事記に書いてある神も載っていますが、殆どありません。
全国の式内社に書かれている祭神は、殆どが、日本書紀に書いてある祭神です。

 延喜式神名帳に指定されたのは、良いですが、祭神の名前を書換えられたことになります。その代り、良いことがあったことになります。

 ところが、隠岐の式内社では、古事記や日本書紀に書かれている祭神の名前は有りません。式外社の祭神もご覧ください。

歴史は式内社を調べますと、いろいろの事が判ります。和泉国や出雲国も調べてください。それが分りますと、式外社も調べなくてはならないことが分ると思います。

延喜式神社の参考ブログ
http://www.geocities.jp/engisiki/index.html

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2013.01.01

健康・医療(51) ガンをやっつけよう(20) 免疫療法(5) ヨーグルト(3)

前回書きましたように、私の場合は、ヨーグルトは一番嫌いな食べ物になります。
嫌いという事は、理屈ではありません。身体が受け付けないのです。
 このようなときは、身体にあわないと考えることにしています。
 
 しかし、今度の私の場合は、膀胱がんであることがはっきりと判りました。
癌のことは、他人ごとの様に考えていました。
普通は、手術はして貰っている時は、見ることは出来ませんが、私の場合は、腰から下だけに効く、麻酔をして貰って、身体には全くメスを入れないで、オチンチンから、カメラと電気メスを入れて癌の組織を切り取る様子を全部見ることが出来ました。
 電気メスは、普通のメスではなくて、火花が散っていましたから、その火花で焼き切る仕掛けの様でした。焼き切りますが、千切れた組織からは、出血します。しかし、その血は、直ぐにうすくなるところを見れば、どうやら、外へ排出するパイプが有って、血が薄まるということは、外から血を流し去るための水分が注入されているらしいでした。という事は、その管は一本以上あって、水分を注入しては、排出もしているらしいです。膀胱内がきれいになった所で、又、次の組織を切り取ることになります。
 癌の組織は、クラゲのように、ゆらゆら動いているように見えました。結構、長いようにも見えました。麻酔を含めて、手術が終わるまで45分が掛りました。
 終わる時には、余り熱心に見ていたためか、吐き気がして、凄い疲労感が有りました。
  手術が終った時に、思いました。素人目にも、癌の組織は一杯残っているなと思いました。
 部屋に戻って、嘔吐をしたような、しなかったような、記憶がハッキリしません。
タンカーから、ベッドに移されたのは、覚えていますが、直ぐに、眠りについたようでした。

 手術後、目が覚めたのは良いですが、麻酔は切れていましたから、痛いのと、動いてはいけないと云われましたから、じっとしていましたが、動こうと思っても、膀胱までは、太い管が入っていますから、尿をためる袋のある方向と反対側を向くことは出来着ません。又、点滴の管が入っていますから、上を向いたままの姿勢でした。

 この状態は、私に限らず、何所の癌の手術をされても同じことです。

導尿の管もどの手術の方も同じでしょうが、膀胱も、組織は、はぎ取られていますから、痛く、辛抱が足らない私は、先生にお願いして、先生が予定しておられるより、一日早く、管を抜いて頂きました。
 12日間の入院を終え、退院です。
 退院時、今後、どのように治療を続けるかを決めました。
抗癌剤は使わないと決心していましたから、<牛の結核菌>を注入する治療法を1月10日から始めることに決めて、退院となりました。

退院した時は、まだ、痛みがあるのと、しんどいのと、お正月が有り、あまり癌で死ぬことは考えていませんでした。

1月10日以降に考え方が変わりました。
 長くなりますので、次回にします。

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