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2013.03.30

健康・医療(67) ガンをやっつけよう(36) 食事療法(13) サラサラの血液

前回は、血液の流れがよくなると、全身の細胞に、酸素が送られて、癌細胞が出来にくいお話をしました。
 5つの場合を想定して、血液の流れが良くなる、悪くなるのを見ました。総て、血管の側から眺めた場合です。
 身体が温まりますと、血管が拡がり、血液の流れが良くなる。逆に冷房の部屋にいると、血管が収縮して、血液の流れが悪くなる。 夏に、冷たい水を飲みますと、同じように、身体の一部が、その温度で体温が、一時的に下がり、血液の流れが悪くなり、癌細胞が発生します。
 食事療法は、食べる種類によって、血液の状態がサラサラになって、血液の流れが良くなるというお話です。サラサラに対して、ドロドロの血液という表現が有りますが、本当に、サラサラになるのでしょうか。
 例えば、納豆のようなネバネバのものを食べますと、血液もネバネバになるのでしょうか。このサラサラの血液と言う表現は、学問的ではありません。
 
サラサラ血液とは、インターネットでは、次の様に、説明されています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%80%E6%B6%B2%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%82%B5%E3%83%A9#.E6.AF.9B.E7.B4.B0.E8.A1.80.E7.AE.A1.E3.83.A2.E3.83.87.E3.83.AB.E3.81.AE.E8.A6.B3.E6.B8.AC

「血液サラサラ」や「サラサラ血液」という表現は、2000年ごろからメディアに頻繁に登場するようになった。 流行の火付け役は、1999年に放映されたNHKの「ためしてガッテン」とされる[1]。以降、ためしてガッテンで継続的に取り上げられるようになり、血液サラサラに関連した料理本が頻繁に出版されている。

という事は、使われ出してから、歴史が浅いですから、あまり研究が進んでいない分野であることが分かります。
 研究者 菊池佑二氏の事が、次のように書かれています。

菊池佑二は、理学博士で、毛細血管モデルによる血液の流れを観測する機器「MC-FAN[5] 」の開発者である。1997年には、「マイクロチャネルアレイの開発と応用に関する研究」で科学技術庁長官賞を受賞している。2004年9月、「血液サラサラ博士」との肩書きにてメディアに頻繁に登場し、TV番組等のために血液検査などを行っていた。しかし、その際の経費上の不正行為により懲戒処分を受け、さらに依願退職の結果となった[21]。菊池は、自ら開発した毛細血管モデル装置を活用して、血液の流れと健康・疾患との関係に関する基礎研究を続けていた。
菊池は、一般的な印象である、血液に油が溶けて血液がベタベタになっているイメージは間違いだという[7]。


この分野は、これから研究されることになりますが、専門科の意見が、纏まるまで、素人の考えからしますと、食べ物によって、血液の粘張り気は、当然異なると思われます。
 粘っこいと当然、毛細血管では、流れが悪くなるでしょう。 すると、癌細胞が増えるとなります。
 もう一度、食べない方がよいの例を見ます。
  (乳製品) 牛乳、バター、生クリーム、サワクリーム、全乳ヨーグルト、全乳チーズ(とくにブリーチチーズのようにバター脂肪分の多いソフトチーズ) 
     油 (飽和油も多価不飽和油も脂肪の含有量は同じ) アイスクリーム、卵、マーガリン
 (肉類)  牛 豚 ラムの脂肪分の多い切り身

 フィラデルフィアの大きなメソジスト病院長になったサティラロ博士は、自分の闘病記を 『がん  ある「完全治癒」の記録』の本に書かれました。
 博士は、好きだったステーキは、週に2回は食べていたと書いて居られます。この好きなお肉を一番に止めるように言われた博士は、その通りすると、見事に、病気は、良い方向に向かったと記しています。指導を受けた食事療法は、どれもこれも、意に沿わない物でしたから、元の食事に戻すと、癌は、みごとに悪化することを自分で知るのですが、素人に指導されることは、許せないほどの侮辱を受けた様に思え、好きなものを食べますと、見事に悪化しました。
 その様子を丁寧に読んでください。

 どのような物が、食事療法の主体だったのかは、次に書いたとおりです。
健康・医療(58) ガンをやっつけよう(27) 食事療法(4)  マイナス食品=発ガン促進食品
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2013/02/58274-81ca.html

健康・医療(57) ガンをやっつけよう(26) 食事療法(3) プラス食品=発ガン予防食品
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2013/02/57263-cb97.html

 タンパク質は生きていくためには、必要なものですが、魚のたんぱく質や植物性のたんぱく質は、悪くないようです。
 
プラス食品=発ガン予防食品は、血液をドロドロにして、血液の流れを悪くすると考えていいと思います。

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2013.03.28

古事記が解いた古代史  スサノオ命の謀反(2)

 スサノオ命がカケに勝って根国堅洲に赴くための挨拶に来たことが、真実だったのであれば、スサノオ命は直ちに高天原から立ち去るべきだった。
 しかしスサノオ命は勝ったとばかり、天照大御神の田のあぜを壊した。更に馬の皮をはいで天照大御神の機織の屋根から、飛込ませこの結果、織女が死んだのである。
 天照大御神は恐ろしくなって天の岩屋戸に逃げこんだ。これが天の岩屋戸事件である。
 この詳細は解説書に譲りたい。この結果スサノオ命は神の身分をはく奪されて高天原から追放された。
 このあとが八岐の大蛇の事件である。これも神話でなかったことを“卑弥呼の霊に捧ぐ”等に述べて来たので、今回は要点だけにとどめたい。 
 この時スサノオ命は追放されて日野川を遡った。今までの解説書の斐伊川とあったのは血で染った川で、二つの川は原文では書き方が異なっていた。原文を注意すれば簡単に解ける問題で、高天原がヒルゼンの証明になる。


古事記が解いた古代史  125ページより転載

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2013.03.25

健康・医療(66) ガンをやっつけよう(35) 食事療法(12) 食べない方がよい食事(2)

それにしても、やはり、何故、マイナス食品=発ガン促進食品を食べると癌が元気になるのかと理由が欲しい所です。
 
 ポイントは、田村誠一氏が書いて居られます。
①ガンが低酸素細胞であるという事
②「ノーベル賞科学者オットー・ワールブルグ博士によるワールブルグ効果の発見

 
 癌は低酸素の部分にある細胞で発生し、酸素が少ないと、どんどん大きく成長するということを発見されて、ノーベル賞を受賞されました。80年も前の事だから、賞を渡した人が間違っていたのだろうという考え方も成り立ちますが、あまりにも、基礎的な発見だったので、ワールブルグ効果は、臨床に応用されることは無かったのだと思います。

 癌を起こさす原因は、一杯知られています。しかし、癌化した細胞の90%以上は自然に治ると云われる先生もおられますが、出来る癌は、一日に2000はできるという先生もおられます。両方とも正しいか、間違っているかどちらかですが、こんな医学の話など、勉強していますと、後3ヶ月の命迄間に合いません。

 ①世界で、癌患者が治るだけではなく、減っているのは、アメリカだけです。
 ②ガンが低酸素細胞であるという事
 ③マイナス食品=発ガン促進食品をたべないようにしたら、治ったというお目出度い人も一杯居られます。

 生存期間を限られた患者に出来ることは、可能性があるものは、試してみたいものです。
 ただ、本に書いてあるだけでは、脳が無いので、理屈を捏ねますと、
②ガンが低酸素細胞であるという事を重要視しますと、

 この三つのことを満たすことは、マイナス食品=発ガン促進食品を食べると、血液の流れが悪くなって、癌は、どんどん大きくなるという事です。
血液の流れが悪くなるという事は、なにが考えられるかと云いますと、

① 血液を送るポンプ役の心臓の働きが悪くなる。(食塩は関係あるか?
② 血管が収縮して、細くなり血液の流れが悪くなる。(寒い、冷たいものを食べる。)
③ 血管の中に、ゴミやできものが出来て、血液が通り難くなる。(老齢、コレステロール)
④血管の弾力が無くなって、心臓が、折角強く働いて、血管が膨らまないので、血液を
送れない。(老齢、コレステロール)
⑤血液が、どろどろになって、太い血管では流れるが、細い血管に行くと血液の流れが
  悪くなる。

こんなものでしょうか。

これ以上は、医師の知識がないと無理のようです。しかし、物事は、普通に考んがえれば良いです。血液がドロドロであれば、水を飲みますと、一時的にせよ、排泄されるまでは、ドロドロは解消されます。という事は、野菜の8割は水分ですから、野菜を沢山食べることは良いことになります。

食べる量の適当な量が有るとします。どのように考えると解るかと云いますと、毎日、同じ時間に体重を計ります。体重が変らなかったら、食べた量と排泄された量が同じという事になります。足らないときは、空腹感を感じる様になります。
楽しい時を過ごし、食べすぎますと、食べたものを処理するために、心臓を初めとして、いろいろの臓器が働くことになります。その源は、酸素だと思います。酸素の取り入れる量が少ないと、癌は喜ぶことになります。
という事で、必要以上に食べますと、直ぐに癌になるわけではありませんが、30年~40年と長い目で見ますと、癌細胞は、次第に増えて、大きくなると思われます。

田村誠一氏は、多くの本を読まれて、そこからの知識から、血液の流れが悪くなるのが、癌の成長を助けることになるのだと書いて居られます。

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2013.03.22

古事記が解いた古代史  スサノオ命の謀反(1)

先づ最初にスサノオ命一族の系図を見て頂きたい。これは極めて詳細に書かれ誰が天皇家の味方か敵かを知らせるために、記に載せたものと思われる。次には全ての人物に神がついている。しかし神社によっては末尾は命が多い。これも藤原朝臣がスサノオ命の一族に限って神に格上げしたと考えたいのである。
 スサノオ命はイザナギ命から、根国堅洲にとどまる位なら国外退去を命ぜられた。イザナギ命が近江の多賀に移られると、スサノオ命は武装して高天原へかけ上って来た。
天照大御神は感づいて武装して待機していたのでスサノオ命の奇襲は成功しなかった。ここでスサノオ命は天照大御神に、自分は根国堅洲に帰るのでお分れの挨拶に来たまでだとウソをついた。
 スサノオ命の言がウソか否かをウケヒと称するカケで争って、スサノオ命が勝ったのである。いくらウケヒのカケに勝っても、イザナギ命の命令違反だから、スサノオ命は悪人に相違ないのだ。

古事記が解いた古代史  124ページより転載


スサノオの系図がありますが、うまくアップできません。

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2013.03.20

健康・医療(65) ガンをやっつけよう(34) 食事療法(11) 食べない方がよい食事

プラス食品=発ガン予防食品とマイナス食品=発ガン促進食品をもう一度コピーしますから、食事療法を試して見ようと思われる方は、コピーしてください。

健康・医療(58) ガンをやっつけよう(27) 食事療法(4)  マイナス食品=発ガン促進食品
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2015/01/58274-81ca.html健康・医療(57) ガンをやっつけよう(26) 食事療法(3) プラス食品=発ガン予防食品
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2013/02/57263-cb97.html

食べてよいものの例を見ます。
(乳製品—できれば低脂肪のもの)
     牛乳、リコッタチーズ、チェダーチーズ
 (魚介類) カニ、オヒョウ、大エビ、サバ、サケ、メカジキ
 (肉類)  レバー、キドニー(腎臓)

食べない方がよいの例を見ます。
  (乳製品) 牛乳、バター、生クリーム、サワクリーム、全乳ヨーグルト、全乳チーズ(とくにブリーチチーズのようにバター脂肪分の多いソフトチーズ) 
     油 (飽和油も多価不飽和油も脂肪の含有量は同じ) アイスクリーム、卵、マーガリン
 (肉類)  牛 豚 ラムの脂肪分の多い切り身
      コールドカット(冷肉とチーズの取合わせ料理)しソーセージ類=ボロニャ、フランクフルト、サラミ、レバーソーセイジ、ホークソーセージ
 (その他) ナッツ、油で揚げた食品、マヨネーズ、植物性クリーマー、ポテトチップス

牛乳はどちらにも、はいっていて、飲んでも良いのですが、脂肪の多い牛乳は止めた方がよい。
チーズも、どちらにも入っています。食べて良いチーズは、リコッタチーズ、チェダーチーズと書いてあります。こんなチーズの名前は、始めて聞きます。

 全体を眺めますと、牛乳から作られたものは、出来るだけ食べない方が良いことが分かります。
 肉類はすべて良くないことになります。 同じ肉でも、(魚介類) カニ、オヒョウ、大エビ、サバ、サケ、メカジキ は良いと書いてあります。肉から作られる加工品も駄目と書いてあります。
 食べたからと言って、今まで、食べて来たのですから、死ぬわけではありませんし、後3ヶ月の命と聞けば、どうせだめなら、一杯食べて死のうと思われるかたも多いと思います。
 私の場合は、先生は助ける気にはなっておられましたが、抗癌剤はいっぱいありますし、放射線も向上しました。から、大丈夫とは云われないで、どれも駄目なときは、膀胱をとればいいですと云われました。これでは、助かっても、治して貰えないなと考え、

 プラス食品=発ガン予防食品とマイナス食品=発ガン促進食品は、100%守りました。
4ヶ月で治りました。

 どの検査でも、症状は消失しました。

 私の場合は、手術をしてもらっている間、ずっと、先生が見ておられる映像を一緒に見ていましたが、「こりゃ ダメ」だと確信しました。
 そこで、食事療法に挑戦しました。

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2013.03.18

第17話 古事記が解いた古代史  スサノオ命(3)

京の周辺の神社の祭神はスサノオ命一族か鎌足の先祖の天児屋命か中国人だ。天皇一族を祀った神社は石清水八幡宮位で、これは鴨川と木津川の二つの川を渡らないと行けない。平安神宮は明治になって始めて創建されたのである。
 京の中心に近い八坂神社はスサノオ命を祀ってあり氏子が住んでいた祇園は高句麗人である。(“謎の古代―京・近江”)
 嵐山の松尾神社と比叡山の日吉神社はスサノオの孫の大山祇命を祀っているとなると、古事記は注意を促している。この松尾神社の近くの太秦には秦の始皇帝が先祖だと称する人が住んでいた。
 古事記では現在賀茂の大神すなはち賀茂神社の祭神別雷神と称する神はスサノオ命の曽孫のアジスキタカヒコネだと教えている。
 京の南の伏見の稲荷の祭神、宇迦の御魂はスサノオ命の子である。吉田神社と大原神社は鎌足の先祖、天児屋命であり、北の貴船神社には中国人、高龗神が祀られている。読者はこれを如何考えられるか。


第17話 古事記が解いた古代史 121ページより転載

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2013.03.15

健康・医療(64) ガンをやっつけよう(33) 食事療法(10) がん ある「完全治癒」の記録(4)

がん ある「完全治癒」の記録 の話をもう一度だけ書きます。

 ここに書いてある癌を克服した医師のはなしは、下心が有るのでもないし、インチキの物でもありません。
 仲間である医師の誰もが、直接口にはしないですが、治癒は無理だろうと思っていたし、本人も自暴自棄の面がありましたが、治ってしまいました。
 ご本人は、最後には、神の御加護があったようなことを書いて居られますが、私は治りたい気持ちがあったことが、最大の要因だと考えています。

 ここに書いてあることは、ご本人が、前立線がんから発したものの、全身に転移していた状態でした。それが、「完全治癒」したのですから、どのような癌とは限らずに、治そうという気持ちと、食べてはいけないものは、出来るだけ食べないで、良いものはできるだけ食べるだけで、「完全治癒」に向かうと考えていいと思います。

  これだけではなく、私か実行して来たことを順次書いていくつもりです。
 既に、
①温熱療法はお話しました。
健康・医療(14) ガンにならないように(12) 温熱療法
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2012/07/1412-266b.html


健康・医療(8) ガンにならないように(6) 低酸素細胞(2)
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2012/06/862-3877.html

ここに、
①ガンが低酸素細胞であるという事
②「ノーベル賞科学者オットー・ワールブルグ博士によるワールブルグ効果の発見
 の二つの事を紹介しました。
 ワールブルグ博士がノーベル賞を受賞されたのが、80年も前の事でしたが、この研究は、全く利用されてこなかったことになります。
 
 これを言い換えますと、各組織に酸素が多すぎるほど、血液が供給されますと、癌は増えにくくなると考えることが出来ます。
 温熱療法は、療法と云えるようなことは考えにくいのですが、身体を温めることによって、血液の流れがよくなって、結果的に、癌の処とは限らずに、全身に酸素を運んでくれます。このように、①ガンが低酸素細胞であるという事 が分れば、自信を持って、温熱療法が継続することが出来ます。
 
 私の場合は、温めることはいろいろしましたが、42度のお風呂に出来るだけ長く入る工夫をしました。お風呂の中に、テレビやラジオを持ち込んで、一分でも長く入りました。
 お湯の温度は、出来るだけ高くなるように設定しました。現在では、43~44度でも、入ることが出来ます。一日に一回であったお風呂は、朝と夜の二回にしました。
 治そうと思ったら、いくらでも、工夫が出来ます。

次は食事療法です。次のものは、以前に紹介しましたが、この方法は、私は、温熱療法よりも、効果は確実だと思います。何故かと云いますと、5年掛ってアメリカが研究し、困民に推薦した食事による改善ですが、効果はさて置いて、アメリカ全体で、癌患者は減っていることです。日本は、減るどころか、手術・抗がん剤、放射線治療 全て技術は向上していると云われていますが、癌で死ぬ人は、減少しません。

 そこで、食事療法の一つを次のところで紹介しました。プラス食品=発ガン予防食品の例を掲げました。

 健康・医療(57) ガンをやっつけよう(26) 食事療法(3)
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2013/02/57263-cb97.html

でも、なぜ、これらを食べれば良いのかの説明は有りませんでした。効果があると解るのであれば、何故 効果があるのか説明すればいいのですが、説明は有りません。

 きっと、分かっていないのだろうと思います。

 プロが駄目なものは、素人の私が、考えても駄目だと考えるから駄目なのだと思っています。プロの話は、横に置くとして、私は、次のようなことを考えて、続けていることの理由を書いて見ようと思います。
 
 プラス食品=発ガン予防食品を食べると、良いことは、アメリカのデーターが示していますが、一年、二年と継続することが大切です。そのためには、自分で、辛抱するのではなくて、納得して食べることです。

 一例をあげますと、お肉は、一年半殆ど食べません。関連して、油濃いものは、減らしています。
 では、どの様に考えるかを次回から、書きます。

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2013.03.12

第17話 古事記が解いた古代史  スサノオ命(2)

北朝鮮にはもと燕と称する国があって、この国は紀元前の222年に秦の始皇帝の時に滅ぼされた。この時の亡命者に衛満と準があって準は朝鮮侯で勝手に王と称していた。
 この準王が衛満に攻められて、海中すなはち海外の韓地で韓王と称していたのである。
 高麗村こそ韓地であり、唐王は唐津の例の様に、中国の唐の王ではなくて韓王でよかったので準王こそはスサノオ命であった。
 ヒルゼン高天原に紀元前140年頃高齢でやって来ても年代的に矛盾は起らない。
 日本書紀はこのスサノオ命を日本建国の盟主に仰いだのである。紀ではスサノオ命は、イザナギ命から「天下を治めよ」と命令されている。
 古事記は序文で正実と違っていると書かれた、最も重大な点はここにある。古事記を文学作品、神話として扱ってはならないのだ。日本の主権者そのものが、古事記と日本書紀では全く異っていたのである。天かを治めよとあるのを、天の下と訳してゴマ化している。


第17話 古事記が解いた古代史 120ページより転載

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2013.03.08

健康・医療(63) ガンをやっつけよう(32) 食事療法(9) がん ある「完全治癒」の記録(3) 

アンソニー・J・サティラロ著 がん  ある「完全治癒」の記録
 この本に拘って3回目を書くつもりになっています。

 自分が、膀胱がんになっているのを知って、10日後ぐらいに内視鏡による手術を受けました。同じするなら、早い方がいいだろうと思っただけです。先生は、治療方法について、
外科療法、放射線療法、化学療法(抗がん剤)の説明をされました。それぞれの治療方法を知っているわけではありませんが、外科療法をお願いしました。
 麻酔は、腰椎麻酔ですから、死ぬことは無いだろうとは自分に言い聞かせました。
でも、実際には、100000人に一人ぐらい、危ない目に合われたのでしょう。その証拠に、手術を受けるにあたって、少しぐらいは危険なことが有ることを承知しましたという書類に承諾書にサインをすることになりました。私だけではなくて、保証人のサインも必要でした。
 私は、家内の姉に保証人になって頂き、書類を作成しました。家内には、このようなことはなにも言わないで、一応死ぬ覚悟はしました。二人の子供には、手術を受けることも連絡しませんでした。

 私が死んだときの話は、常に家族に話してあります。生命保険は、死んでから、二年間は、収入なしで済むようにしてあるから、其の後は、自分たちで、新しい生活を始めるようにと
 普通は、死亡しますと、残されたものが、困らない様に1000万円ほどお金が手に入るようにしますが、困っても、新しい生活を始める気力が大切だと思っています。

 手術後、12日間の入院中、いろいろ考えました。一番に、こりゃ、駄目だなと。何が駄目なのかと云いますと、45分間も要して、目に見える癌は、全部電気メスで掻破して頂きましたが、癌の組織は、一杯残っていました。
 退院する時に、後は、放射線療法、化学療法(抗がん剤)か、牛の結核菌で治療するかですが、先生は、8割かた、牛の結核菌で治療するおつもりでした。
 私もそれでお願いしますと、1月10日から始めました。

 その時の様子は、健康・医療(34) ガンをやっつけよう(3) 結核菌による治療法
http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2012/10/343-21b6.html
  に書いています。

一回目の治療が、随分大変でしたので、これで、愈々、駄目だなと考えまして、癌に関する本は、毎日、どんどん読むようになりました。
 その中の一冊が、アンソニー・J・サティラロ著 がん  ある「完全治癒」の記録
でした。
 この本に書いてあることをすれば、すべての癌が治るのであれば苦労しません。しかし、ずっと、そのように思いながら、医師であるサティラロ氏が、それまでのプライドをすべて、壊されながらも、治っていく自分と戦う様子が、書き著されています。

サティラロ氏がなにをされたのかは、ご自分でお読みください。

おかしな点は、本の最後に書かれた、「本書によせて」です。誰が書いたかと云いますと、私は初めて目にする方です。
 松井病院付属食養内科部長  日野 厚

 きっと、素晴らしい先生なのだと思います。ただ、少し、気が弱い先生ではないかと思いました。

文章の書き出しを記します。
 私は昨年、「自然医学」という雑誌で、米国の「ライフ」誌に掲載されたサティラロ博士の闘病手記「医者よ、汝自身を治せ」のようやく記事を読み感動した。進行癌や慢性難治性疾患の「外辺医療」(フリンジ・メディシン)についての医学的データの積み重ねは、私のライフ・ワークとして来たところであったからである。かような医学的データの残されているケースのふえて行く事を切望すると共に、サティラロ博士のような人々に会い、データーを土台としつつ意見を交換したいものだと思っていた。数日前に本書の出版元の日本教文社から、本書の書評を求められた。縁と言うものであろうか。・・・・


 如何ですか、ここまでの文章から言えることは、日野 厚先生は、サティラロ博士とは何ら面識もないことが分ります。しかも、サティラロ博士のような人々に会い、データーを土台としつつ意見を交換したいものだと思っていたと絶賛しておられるような文章ですが、この後は、「外辺医療」には注意をしなければならないことから始まって、癌には、治ることはあっても、「完全治癒」は無いだと云って居られます。

 ところが、10ページ目に、「補遺」と記して
 3ページにわたって、ここにかいてあることは 本に書いてあることは、信用してはいけない と書いて居られます。
日野 厚先生の言葉をそのまま、掲載しますと、

一、本書をウッカリ読むと、あるいは、癌、中でも末期癌でさえも、マクロビオテック的食養生を形式的に「幻覚に」守り続けさえすれば、かなり高率に軽快していくという幻想に捉われる人々が少なからず出てくるかも知れないということが心配される。初本の拙文中でも記したように、私自身観察した経験の範囲内では、末期癌での愁訴軽減効果や延命効果はかなり高率に期待し得るとしても、癌治癒乃至、「完全治癒」は甚だ困難であろうと、少なくとも私には、考えられることを明確に再指摘しておく。・・・・・・・・

このあと、2ページは文章が続きます。
 これだけの文章を書かれたという事は、なにか余程のトラブルがあったのだと思われます。
 それにして、凄い文章です。
 これほどまでに、サティラロ氏が書いたがん  ある「完全治癒」の記録 は守ってはいけないと書くのであれば、発行を中止すればいいのに、どうしたことでしょう。


アンソニー・J・サティラロ著 がん  ある「完全治癒」の記録 を一度読まれると判りますが、サティラロ氏は、自分は、「完全治癒」と書いて、締めくくられました。 どこにも、マクロビオテック的食養生をしたら、どの癌でも、誰でも、治るなどとは一言も書いて居られません。

 私はこの本を読んで、もう駄目という思いは止めにしました。そして、マクロビオテック的食養生ではありません。自分自身で考えた方法をこの一年やってきました。

 私の場合も「完全治癒」と考えています。でも、新しい癌は必ずできてくると考えています。
 これから、三年間は、注意をして生活をしようと思っています。

 現在、なにをしているのかを続けて書いていこうと思っています。
 終局的な目的は、癌患者を半分に減らし、国民の医療費を半分の14兆円にへらそうと夢見ています。

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2013.03.06

第17話 古事記が解いた古代史  スサノオ命(1)

神武天皇が生れたのが紀元前52年頃で、これから逆算して行くとニニギ命が生れたのが、紀元年前120年前後になる。従って神々がヒルゼン高天原に現われたのは前140年前後ではないだろうか。
 この時スサノオ命は紀によれば相当のお年寄だった。この時にはすでに曾孫の事代主神も生まれていた。
 スサノオ命の女、スセリ姫が高麗村唐王の唐王神社に祀られていた以上、スサノオ命はここの周辺の住民から唐王と云われるにふさわしい人物と考えてよい。
 又この住民は高麗村に住んでいた以上、高句麗人と考えてよいのではないか。又イザナギ命が貴人を得たと喜ばれたからには、スサノオ命の前歴は大王クラスだったと考えてよい筈である。
 左記は魏志倭人伝のすぐ前の章に書かれていた韓国伝の一部を阿部秀雄氏が訳されたもので、“卑弥呼と倭王”から引用させていただいた。朝鮮には三国史記があるが韓国伝にはこの国の建国前の歴史が書かれている。

第17話 古事記が解いた古代史 119ページより転載


私よりの一言----上記の下から三行目に左記はとあります。118ページに、阿部秀雄氏が訳されたものが、イチページにわたって、掲載しております。
 コピーが出来ませんので、他の方が翻訳されたものと、原文(インターネットより拝借して)を掲載しておきます。

 『三国志魏書』韓

 韓在帶方之南、東西以海為限、南與倭接、方可四千里。有三種、一曰馬韓、二曰辰韓、三曰弁韓。辰韓者、古之辰國也。馬韓在西。其民土著、種植、知蠶桑、作綿布。各有長帥、大者自名為臣智、其次為邑借、散在山海間、無城郭。

 韓は帯方郡の南に在り、東西は海で尽きる。南に倭と接し、地積は四千里ばかり。韓には三種あり、一に馬韓、二に辰韓、三に弁韓。辰韓とは昔の辰国なり。馬韓は西に在る。その民は土着し、種を植え、養蚕を知っており、綿布を作る。各邑落には長帥(邑落の長)がおり、大首領は自らを臣智と称し、その次が邑借で、山海の間に散在しており城郭はない。

 有爰襄國、牟水國、桑外國、小石索國、大石索國、優休牟涿國、臣濆沽國、伯濟國、速盧不斯國、日華國、古誕者國、古離國、怒藍國、月支國、咨離牟盧國、素謂乾國、古爰國、莫盧國、卑離國、占離卑國、臣釁國、支侵國、狗盧國、卑彌國、監奚卑離國、古蒲國、致利鞠國、冉路國、兒林國、駟盧國、内卑離國、感奚國、萬盧國、辟卑離國、臼斯烏旦國、一離國、不彌國、支半國、狗素國、捷盧國、牟盧卑離國、臣蘇塗國、莫盧國、古臘國、臨素半國、臣雲新國、如來卑離國、楚山塗卑離國、一難國、狗奚國、不雲國、不斯濆邪國、爰池國、乾馬國、楚離國、凡五十餘國。

 爰襄国、牟水国、桑外国、小石索国、大石索国、優休牟涿国、臣濆沽国、伯濟国、速盧不斯国、日華国、古誕者国、古離国、怒藍国、月支国、咨離牟盧国、素謂乾国、古爰国、莫盧国、卑離国、占卑国、臣釁国、支侵国、狗盧国、卑彌国、監奚卑離国、古蒲国、致利鞠国、冉路国、兒林国、駟盧国、内卑離国、感奚国、萬盧国、辟卑離国、臼斯烏旦国、一離国、不彌国、支半国、狗素国、捷盧国、牟盧卑離国、臣蘇塗国、莫盧国、古臘国、臨素半国、臣雲新国、如來卑離国、楚山塗卑離国、一難国、狗奚国、不雲国、不斯濆邪国、爰池国、乾馬国、楚離国、おおよそ五十余国が在る。

 大國萬餘家、小國數千家、總十餘萬戸。辰王治月支國。臣智或加優呼臣雲遣支報安邪踧支濆臣離兒不例拘邪秦支廉之號。其官有魏率善、邑君、歸義侯、中郎將、都尉、伯長。

 大国は万余家、小国は数千家、総計十万余戸。辰王は月支国で統治する。臣智あるいは加優と呼ばれる臣雲を(遣支報安邪踧支濆臣離兒不例拘邪秦支廉は意味不明)これを号する。その官名には魏率善、邑君、歸義侯、中郎將、都尉、伯長などがある。

 侯準既僭號稱王、為燕亡人衛滿所攻奪①
 注記① 魏略曰:昔箕子之後朝鮮侯、見周衰、燕自尊為王、欲東略地、朝鮮侯亦自稱為王、欲興兵逆撃燕以尊周室。其大夫禮諫之、乃止。使禮西説燕、燕止之、不攻。後子孫稍驕虐、燕乃遣將秦開攻其西方、取地二千餘里、至滿番汗為界、朝鮮遂弱。

 すでに侯準は王を僭称していたが、燕の亡名者の衛滿がすべてを奪い取る。
 注記① 魏略に曰く。昔、箕子の後裔の朝鮮侯は、周朝の衰退を知った燕が自ら王と尊称して、東の地(朝鮮の領地)を略奪しようとしたので、朝鮮侯もまた王を自称して、周の宗室を尊んで兵をあげ、燕を迎撃しようとしたが、大夫の禮が諌言したことで止めた。
 禮を西に遣わして燕を説くと、燕は進撃を止め、攻撃をしなかった。その後、朝鮮侯の子孫がやや驕慢で暴虐だったので、燕は秦開将軍を派遣して、その西方を攻め、二千余里の地を奪い取って、満潘汗を以て国境とした。朝鮮は衰弱した。

 及秦并天下、使蒙恬築長城、到遼東。時朝鮮王否立、畏秦襲之、略服屬秦、不肯朝會。否死、其子準立。二十餘年而陳、項起、天下亂、燕、齊、趙民愁苦、稍稍亡往準、準乃置之於西方。

 秦が天下を統一するに及んで、蒙恬に遼東に至る長城を築かせた。その時、朝鮮王の否が立っていたが、秦の襲撃を恐れ、秦に略服して属すも、入朝は拒んだ。否が死に、その子の準が立った。二十余年の後、「陳勝と呉項の乱」が起き、天下は戦乱となる。燕、斉、趙の民は辛苦から徐々に準(朝鮮)に逃れて行った。準はこれを西方に置いた。

 及漢以盧綰為燕王、朝鮮與燕界於浿水。及綰反、入匈奴、燕人衛滿亡命、為胡服、東度浿水、詣準降、説準求居西界、故中國亡命為朝鮮藩屏。準信寵之、拜為博士、賜以圭、封之百里、令守西邊。滿誘亡黨、衆稍多、乃詐遣人告準、言漢兵十道至、求入宿衛、遂還攻準。準與滿戰、不敵也。

 漢は盧綰(ろわん)を燕王に任じた。朝鮮と燕の国境は浿水と定めた。盧綰は漢に背いて匈奴に入り、燕人の衛満は胡服を着て亡命、東の浿水を渡り、準を訪れて降伏し、西界に居住して昔中国から朝鮮に亡命してきた人々を集めて藩屏(はんぺい=宗室の守護)としたいと準を説いた。準は彼を信頼して寵愛し、博士として敬い、圭の百里を食邑として授けて、西辺の令守とした。満が誘った亡命者たちが徐々に衆をなすに及んで、偽の情報を持たせた使者を準に遣わし、「漢兵が十道に至り、宿衛に入ることを求めている」と準に告げさせ、帰還した準を攻めた。準は満と戦うも、満には敵わなかった。

 將其左右宮人走入海、居韓地、自號韓王②。
 注記② 魏略曰:其子及親留在國者、因冒姓韓氏。準王海中、不與朝鮮相往來。

 その左右の王族を率いて海に逃れ、韓地に居を構え、韓王を自称した。
注記② 魏略に曰く、その子や親が国に留まり、韓氏の姓を犯す(易姓革命)。準王は海中にあり、朝鮮とは互いに往来しなかった。

 其後絶滅、今韓人猶有奉其祭祀者。漢時屬樂浪郡、四時朝謁③。
 注記③ 魏略曰:初、右渠未破時、朝鮮相歴谿卿以諫右渠不用、東之辰國、時民隨出居者二千餘戸、亦與朝鮮貢蕃不相往來。

 その後、絶滅したが、今なお韓人は彼を奉じて祭祀する者がいる。漢代は楽浪郡に属し、四季に入朝してきた。
 注記③ 魏略に曰く、初め右渠が破れる前、朝鮮の宰相の歴谿卿が右渠を諫めたが用いられず、東の辰国に亡命した、そのとき彼に随行して国を出た住民が二千余戸、また、朝鮮の貢蕃(属国)とは互いに往来しなかった。

 至王莽地皇時、廉斯鑡為辰韓右渠帥、聞樂浪土地美、人民饒樂、亡欲來降。出其邑落、見田中驅雀男子一人、其語非韓人。問之、男子曰:我等漢人、名戸來、我等輩千五百人伐材木、為韓所撃得、皆斷髮為奴、積三年矣。鑡曰:我當降漢樂浪、汝欲去不?戸來曰「可。」


『三国志魏書』馬韓伝


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2013.03.02

健康・医療(62) ガンをやっつけよう(31) 食事療法(8) がん ある「完全治癒」の記録(2)

アンソニー・J・サティラロ著  上野圭一=訳の『がん ある「完全治癒」の記録』の書名は間違っていました。
 がん  ある「完全治癒」の記録
 副題が、ある「完全治癒」の記録です。
前回、紹介しました田村氏が書いて居られた記事では、
「がん・ある完全治癒の記録」です。田村氏は、あまり考えないで、本のタイトルと違うタイトルを付けられました。
 
 同じだろうと思われるかも知れませんが、
がん  ある「完全治癒」の記録
は、著者がつけられたタイトルだと思います。
 
 何故、このように思うかと云いますと、
①副題の、ある「完全治癒」の記録です に有る「   」が、細い線で記されて異常です。本来ならば、「完全治癒」を強調して、サティラロ氏は読んで戴こうと書かれたはずなのに、「がん・ある完全治癒の記録」にしか見えません。田村氏も、そのように見られたと思います。
②この本では、異常な箇所が4ヶ所あります。
 その一つは、エピローグと題して、6行の文章が書いてあります。
 そのまま、文章を転記します。

 一九八一年八月、私はメソジスト病院でまた骨スキャンを受けた。過去三年間に受けた六度目の検査だった。その最新の骨スキャンの結果、癌の徴候は私のからだからまったく消えうせていることが判明した。一九八〇年一二月二九日の検査で観られた右肋骨部のうっすらとした影の部分は跡形もみられなかった。一九七九年六月に服用中止して以来、エストロゲンは一度も服んでいない。一九八〇年六月にかかった甲状腺炎のために短期間使ったインデラル、コーチゾン、それにペルコダンが、私が最後に服用した薬剤である。主治医は私にこう診断をくだした。「完全治癒」。

③もう一つの異常な箇所は、このエピローグの次の頁に、本書に寄せて とのタイトルで、
松井病院付属食養内科部長  日野 厚
が、文章を寄せておられます。本文は、一行が46文字ですが、寄せ書きの方は、50字です。
行数は、本文は、17行、寄せ書きの方は、20行です。 僅か、4字の差であり、3行の違いですが、読みにくく感じるほどの文章です。
全部で、12ページに及びます。

④4つ目は、翻訳者の上野圭一氏の
 ホリスティクな健康観のために 
  ---訳者あとがきにかえて--
が11ページあります。
訳者のあとがきは、よく見かけます。「はじめに」もありますが、多くても、1~2ページぐらいではないでしょうか。

異常と云えば、失礼でしょうか。不思議なと言い換えても良いと思います。
 長くなりましたので、次回に、松井病院付属食養内科部長  日野 厚氏が書いて居られることを少し書いて見るつもりです。

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