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2013.08.27

古事記が解いた古代史  神武東征(2)

ニギハヤヒ命は天照大御神の「天ツ瑞」を不正手段で手に入れ、自ら銅鐸圏の王と称したから、神武天皇は同志天照大御神の、かたきを討つために日向浦(境港有料大橋の真下)から水軍を組んで船出した。
 先づ関門海峡を越えて宇佐に行った。ここで恐らく雲南方面から屯田兵の導入が打ち合わせられたことだろう。
 次いで筑紫の岡田宮に1年、安芸のタキリ宮に7年、吉備の高島に8年駐留された。
 古代に異民族と戦争するからには降参すれば殺される。勝つためには敵以上の人数を整える必要がある。
従って年数がかかったのは、銅鐸の分布で分った様に敵が圧倒的に人数が多いから、天皇側も屯田兵を、敵の勢力以上増強する必要がある。次には食糧の貯蔵がないことには、遠征は出来ない。
この時敵の白狄人は銅鐸を地中に隠すか壊すかして、関東、東北に移動して、行ったと考えたい。銅鐸の分布図が古代の謎を解いてくれた様である。


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古事記が解いた古代史  161ページより転載

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