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2013.08.30

古事記が解いた古代史  神武東征(3)

神武東征に登場する地点の一局部だけの地図を左記に示しておいた。これは実際にはここ中心で10粁、20粁遠方までの地図を見ないことには古代史は解けないので、国土地理院の地図と、せめて、大正、昭和の始め頃配布された毎日新聞社の分県地図を準備願いたい。
 例えば6~8頁の鳥取県や108頁の高天原は毎日新聞社の分県地図で、町村合併前の2千年以上続いた地名が分る。
 この地名から最初ここに住んだ神々の名前までが分る。例えば米子の周辺の地図を眺めて欲しい。
    大国村---大国主神---新羅系
    諏訪 ---建御名方神---高句麗系
    彦名村 ---少名彦名命---苗族
    春日村-――天児屋命---漢民族
    日吉津村---大山咋神---高句麗人
  
ヒルゼンの地名では
    白髪 ---猿田彦命---白髪神社
    苗代 ---少名彦名命---伊勢の苗代神社
   この様に地名で最初の氏族が分る。

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古事記が解いた古代史  163ページより転載

以下 私より
前のページには、次の4つの地図が掲載されていますが、最近、どのようにして、貼り付けるか判らなくなり出来ません。
 代わりに、国土地理院の地図を掲載しましたので、ご利用下さい。


①日向浦---神武天皇が東征するときに出発した港
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=133.23952741678&latitude=35.54978084793

②吉備の高島宮—高島遺跡---神武東征の際の岡山県駐屯地
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=133.50976195664&latitude=34.430036520167

③筑紫の岡田宮---地図が見付かりません。以前に、みつけたのですが・・・。
次の辺りに、4回文章を書いています。
http://homepage1.nifty.com/o-mino/page621.html

④安芸のタケリ宮
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=132.75527078943&latitude=34.532971734417

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2013.08.27

古事記が解いた古代史  神武東征(2)

ニギハヤヒ命は天照大御神の「天ツ瑞」を不正手段で手に入れ、自ら銅鐸圏の王と称したから、神武天皇は同志天照大御神の、かたきを討つために日向浦(境港有料大橋の真下)から水軍を組んで船出した。
 先づ関門海峡を越えて宇佐に行った。ここで恐らく雲南方面から屯田兵の導入が打ち合わせられたことだろう。
 次いで筑紫の岡田宮に1年、安芸のタキリ宮に7年、吉備の高島に8年駐留された。
 古代に異民族と戦争するからには降参すれば殺される。勝つためには敵以上の人数を整える必要がある。
従って年数がかかったのは、銅鐸の分布で分った様に敵が圧倒的に人数が多いから、天皇側も屯田兵を、敵の勢力以上増強する必要がある。次には食糧の貯蔵がないことには、遠征は出来ない。
この時敵の白狄人は銅鐸を地中に隠すか壊すかして、関東、東北に移動して、行ったと考えたい。銅鐸の分布図が古代の謎を解いてくれた様である。


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古事記が解いた古代史  161ページより転載

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2013.08.23

古事記が解いた古代史  神武東征(1)

古代には身分を証明するには何が使用されただろうか。氏族を区別するには入れずみが使われていた。これは中国の文献には倭人伝等に書かれている。これは古代に倭人の外に白狄人、高句麗人、漢族等が居った証拠ではないか。同一民族で統一されて居れば、入れずみをする目的がなくなる。
 ニニギ命と天照大御神が分れた時に天王の身分証明は三種の神器でよい。しかし天照大御神の子孫とニニギ命の子孫を証明するものが必要である。これが「天ツ瑞」であった。
 一本の矢を二つに折ったものと、もう一品がこの目的に使用された。二つの矢を持ちよつて折れ口を合せれば、ホンモノか否かは確認できる。しかも量産はできないのに、紀ではニギハヤヒ命が長随彦を欺いている。
 この「天ツ瑞」すなはち天照大御神しか持って居らない筈の「天ツ瑞」をニギハヤヒ命が持っていた。畿内の支配者がイザナギ命から長随彦にバトンタッチされていた。この畿内が銅鐸圏の中心だったのである。この長随彦をニギハヤヒ命が、自分が天孫だと欺いた。

古事記が解いた古代史  160ページより転載

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2013.08.20

古事記が解いた古代史  天照大御神(4)

丹波の伊勢大神宮は元伊勢と云われて来た。しかしここに伊勢神宮が最初創建されたと村人が口外すれば不敬罪に問われたのではないだろうか。
 戦前には近江に高天原があった書いた本は発禁にはならなかった。しかし昭和3年に高天原はヒルゼン(当時肥日留山)だと、佐竹先生は原稿を書いた所、はっぴ用をとめられて、不敬罪のかどで、勝山中学校の教頭から、京城の平教員にとばされた。
 政府にはヒルゼンが高天原だったことを隠匿する策謀があった何によりの証拠である。
 丹波には驚いたことに元伊勢まで二つあった。今までにも同一地名の謎のいくつか解いて来た。有名な宣伝された方が全てニセ物である。
 丹波では天の橋立の籠神社も元伊勢と称している。しかしここの祭神は彦火明命で素性が分らない神である。もちろん式内社で、丹後の一宮だと宣伝していた。ニセがある位だから皇大神社はホンモノで、天照大御神はここでここにヒルゼンから移られたのだ。

古事記が解いた古代史  159ージより転載

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2013.08.17

古事記が解いた古代史  天照大御神(3)

  蒜山         大江山
天王4ヶ所       天王地、天座
天王川、天谷川     天津、天田
天狗山         天ヶ峰
宮城、宮沢、宮脇    宮津
宮田、社田       長田、天田
城山          城山
愛宕山         愛宕山
湯船川         湯舟山
朝鍋山         鍋ヶ塚
鳩ヶ原         鳩ヶ峰
二俣          蓋俣
鍛冶屋         鍛冶屋
竜頭          竜ヶ城
由良川(東伯郡)      由良川
大蛇          大呂
大山          大江山
烏ヶ山         烏ヶ岳


丹波但馬併せて267社の式内社を狭い地域に配備したことこそ、ここに天皇勢力の挙点があった何よりの証拠である。
 式内社が少ない国はもともと天皇勢力が弱いから、それ程必要としないか、反対に完全に天皇勢力圏だから置けなかった国である。

ヒルゼン高原と大江山には、一風異った地名が多い。しかも上記の様にこの地名に類似点が多かったのである。これは同一民族が数百粁離れた所に置ったと考えるべき根拠である。この大江山南の要害の地に皇大神社があり、地名の天座や天王地があった。
 天座こそは天照大御神の御座所があったのにふさわしい地名である。
 伊勢大神宮を崇神天皇の妹が拝き祭ったと古事記には明記されていた。これは現在の伊勢神宮が出来る前の記述である以上、大江山に伊勢大神宮があってよかったのである。
 古代の神社はここに祀られた神々が住んでいた宮が、崇神天皇の時に伝染病が大流行した時に神社に転化したものだった。天照大御神は地名から、高天原からの行先が分った。


古事記が解いた古代史  157ページより転載


私よりのコメント
古事記の作者は読者に何を伝えたかったのか。これは大切なことだと思います。裏を読む必要があるということです。話しはとんでもない方にとびます。男女の間において、好きな気持ちが生まれたときに、好きだと言えばいいのに、好きな人の前に行きますと逆の行動をとることがあります。相手が嫌がるようなことを言ったり、きらいだと言ったりです。逆のことを言われたら、判るわけがありませんが、よく観察すると判るものです。しかし、これでは相手に自分の言いたいことが上手く伝わりません。
 書き物をするときは、そのようなときより、時間がありますから、もっと複雑になると思います。書物全体の構成を考えたりします。日本書紀は編年体といって、いついつにどのような事件があったというように書かれています。記紀(古事記と日本書紀の略)が出来た頃、中国では、この形式で歴史書が作られていました。このことから、日本書紀は、日本も真似をして、国内よりも対外を意識して書かれた本であるというような言い方をしておられる方もあります。
本当かも知れませんし、作者はそのようなことを微塵にも考えなかったかもしれません。
限られた紙面ですから、なにか伝えたいから書いています。受け取る方は、そのことを念頭において読む必要があります。

作者が伝えたかったこと  その1
 前のページの復習です。もう一度原文を掲げます。これだけの範囲で、作者は一番になにを言いたかったかを考えます。私は、最後の「上件五柱神者。別天神。」だと思い、一行勝手に開けました。

天地初發之時。於高天原成神名。天之御中主神【訓高下天云阿麻下此】次高御産巣日神。次神産巣日神。此三柱神者。並獨神成坐而。隱身也。
次國稚如浮脂而。久羅下那洲多陀用幣琉之時【琉字以上十字以音】如葦牙因萌騰之物而。成神名。宇摩志阿斯訶備比古遲神【此神名以音】次天之常立神【訓常云登許訓立云多知】此二柱神亦獨神成坐而。隱身也。

 上件五柱神者。別天神。

原文を並べ替えます。
天地初發之時。於高天原成神名。
① 天之御中主神
② 高御産巣日神
③      神産巣日神
國稚如浮脂而。久羅下那洲多陀用幣琉之時(高天原から眺めた光景を表現したものでしょう)
④ 宇摩志阿斯訶備比古遲神
⑤ 天之常立神   
                                     5-2

その他、神さんは 一人二人と言わないで、五柱ということ。獨神成坐(独身?) 隱身也
最後に、「上件五柱神者。別天神」とあります。
すなわち、天皇と違う神が先におられたのだと宣言しています。古事記を読み進んでいきますと、判りますが、天皇の先祖は、天神なのだと言うことです。天神は、岩波文庫では、「あまつかみ」と読んでいます。そして、「別天神」は、「ことあまつかみ」と読み、注釈に、この五柱は、天つ神の中の特別の神なのだと書いてあります。ということは、位が上だということでしょうか?
私は 「身を隠し」を去って、何所へ行ってしまったと解釈しました。高御産巣日神は、古事記の後の方に登場します。そうなると「何所へ行ってしまった」は間違っていることになります。
「上件五柱神者。別天神」に書かれた「天神」は、前のページで書きましたが、「てんじん」と読むのでしょう。「高天原」の天のみを「アマ」と読むように注釈があると書きました。別天神もアマと読むのであれば、注釈は要りません。
なぜ このようにこだわるかと言いますと、天皇の祖先であるアマテラス大神は、大という尊敬の言葉が入っています。古事記では、天照大御神(アマテラスオオミカミ)と、もう一つ、尊敬の「御」が入っています。
日本書紀では、天照大神で、「御」は入っていません。このことをもって、日本書紀は、アマテラス大神をあまり尊敬していないと受け取るか、古事記のほうが、よりアマテラス大神を大切に思っていると受け取るかは、読む人の気持ち次第です。
もう一の問題点があります。
古事記をなぜ編纂しようと天武天皇が考えたかを書きました。ほかに出回っている帝記が、間違っているから、書き改めるのが、目的です。帝記とはどのようなものか、残っていませんので判りませんが、それを正して出来上がったものが、古事記だと考えますと、古事記は、どの天皇が、だれだれの子供だとか、藤原氏の祖先は、中臣だとかばかりです。
平たく言えば、勝手に、自分は天皇家に関係があるのだというように、出自を偽っているものが一杯いる。けしからんと言うことでしょう。
けしからんから、貴方は間違っていると書かれた方は、生きていけません。当然、猛反発して、最悪の場合、戦さとなるでしょう。
このように考えると、古事記の作者は、各豪族の出自を、あからさまではなく、ぼんやりと言い表さなければならなかったのだと思います。神話の形で。
随分,気を使って書いたのに、気に入らない人がいて、古事記は葬り去られたのだと思います。そして、100年後に偶然見つかることになります。
私は、日本書紀は、勝手に、書かれたくないことを書かれたのでは、困る人が古事記に対抗して編纂を試みたのだと思います。
日本書紀に古事記の影があってもいいのに、極力古事記など見なかったぞというような箇所が見られます。 このことはいつか書こうと思います。 
 
次國稚如浮脂而。久羅下那洲多陀用幣琉之時【琉字以上十字以音】     5-3
上の部分を読んでみます。
先に注を見ます。【琉字以上十字以音】 琉と言う字の上十字とあります。原文は縦に書かれていますから、琉の上、十字とは、久羅下那洲多陀用幣琉の十の漢字です。字の意味は関係なく、音だけですとあります。クラゲナスタダヨヘルのときとなります。
もう一つ前の「次國稚如浮脂而」の部分は、なにも書いてありませんから、それぞれの漢字に意味があります。次に、国が出来てばかりで油が浮いているように見え、とでもなるでしょうか? 訳本では、「次に国稚く浮きし脂の如くして、海月なす漂へる時、」
続いて、、「如葦牙因萌騰之物而」を読んでみます。今度は、先に訳本を書きます。
   「葦牙の如く萌え騰る物によりて」
   注釈に 葦牙とは、葦の芽とあります。この訳ではなんのことか判りません。
   葦の芽がでるということは、季節が春です。日に日に、暖かくなりますと、葦はぐいぐいと芽を伸ばします。葦が一本では、その様が萌え上がるようには見えません。一面葦の原なのでしょう。

 この文章は、高天原から見た光景を読んだものだと思われます。
 そのように書いてみます。
その下の葦の原一面では、葦の芽が、てんでに芽を伸ばし、萌え上がるようです。その中を歩いてやってきたのは、宇摩志阿斯訶備比古遲神と天之常立神です。
宇摩志阿斯訶備比古遲神は注にしたがって、ウマシアシカビヒコヂの神   比古は男。
天之常立神は、【訓常云登許訓立云多知】という注に従うと、テンノトコタチの神となります。

さて、お解りになりましたか、あまりバラバラにして解読していますと、なんのことやら判らなくなりま
す。「油が浮いているように見え」ということは、太陽が当たって輝いているのでしょう。
さて、今までのことを全部、考えにいれて、どのような情景なのかを想像してみますと、

頃は春、雪解けのころでしょうか? 恰も油が浮いているようにも見え、クラゲが漂っているように思え
ます。あちこちに雪が残っている。葦原の下からは、葦の芽が、燃え上がるような勢いで、あちこち
に芽を向けて伸びています。このような時に、やって来た神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遲神と
天之常立神です。
(あちこちに芽を向けて伸びています)と言うのを、「葦牙」という言葉を使ったことになります。上手く
表現しています。 「葦牙」の熟語は見つかりません。作者の造語でしょうか?
もう一度、はじめの原文を眺めながら、読んでみてください。神の名前を上手く読むことができるで
しょうか> -まだ、なぜこんなややこしい神の名がついているか解明していません。
そのうちに挑戦したく思います。 
高天原は、決して天上ではありません。 葦原より少し高い位置にあることが分かります。

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2013.08.14

古事記が解いた古代史  天照大御神(2)

丹波と丹後はもともと一国で、田庭が元の国名で、これを丹波と改めた。従って旧丹波には式内社は136社あった。これを二国に分けて国造を二人に藤原は増加させたのである。
 丹後半島には紀元14年から数年しか作られなかった王莽の貨泉(銀貨)がしゅっどし、更に海岸に倭人の生活には不向きな地点には前方後円の巨大古墳まであった所である。
 宮津市の近くにも前方後円墳があり、紀元前後には中国の漢族が既に渡来していた地域である。この136社の式内社の中心に、元伊勢があり、皇大神社に天照大御神と月読命が祀られていた。
 月読命がイザナギ命から「夜食之を治めよ」と言われたのは夜久野だと述べて来た隣り村に皇大神社があったのである。
 但馬も一国扱いするには極めて狭い地域で現在は市も、豊岡市しかない恵まれない地域でだが式内社が131社も密集している。ここには天王と友好関係にあった新羅から、天の日矛や多遅摩毛理が渡来し善政を行った。


古事記が解いた古代史  155ページより転載

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2013.08.10

健康・医療(89) ガンをやっつけよう(58) ) 汗と癌(5)

前回、石川 正著の『汗に活きる』の一部を紹介しました。承諾を得ていませんので、少しだけ書きました。
 石川氏は、マラソンと同じような効果のある―――汗をかくことが出来るサウナを開発されました。
 30数年まえのことです。製品は、長波袁赤外線を応用したサウナで、商品名はヘルスメイトです。このヘルスメイトを1時間使用した汗を理化学研究所の本間春雄博士に依頼され、この研究結果は、「科学分析」昭和58年11月号に発表されています。
 
レーザー脱離質量分析法による汗の成分分析
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002908673
 上記の所で、その論文を読むことは出来ますが有料になっています。

ヘルスメイトは、売り出されて、実際に使用されたようです。
癌の原因とされている重金属、鉛、カドミゥム、ヒ素,塩化化合物等130以上の物質が汗から排泄されることが明らかになりました。
 この成果は、素晴らしいものです。

 2時間マラソンで走った人の汗を集めることは容易ではありません。 発売者である田村氏が、このサウナに服を着たまま入って本を読んで居られる写真が有ります。 普通のサウナですと、1時間も入ってはおれませんが、使用中は快適だそうです。
 
 ヘルスメイトを使用して癌が治ったという報告は有りませんでしたが、
『もうガンなんかこわくない』の著者・長与健夫博士は愛知県ガンセンター名誉総長です。この著書にガンは七・八割は化学物質で引き起こされると書いてあるそうです。
 これまでは、体内に蓄積した重金属は、排泄不可能でしたが、素晴らしい発明のようにおもわれます。
 このサウナを使用していますと、いろいろの病気が良くなるように思われた田村氏は、
上記の「科学分析」を別刷りにして、全国の1200名の大学教授に送付されましたが、関心を示された人は皆無だったと著書「ダイオキシンよ おごることなかれ」平成10年9月発行に書いて居られます。

 副題が、民族滅亡の危機から救う秘策あり という自信満々のタイトルでしたが、
このサウナは、イチチキ商品だと厚生省から訴えられ、販売できなくなったそうです。

 7、8割のガンが治りますと、一番に困られるのは、変な話ですが、お医者さんという事になります。 先ほど書きました「科学分析」を別刷りを受け取られた先生は、話題にもされなかったのでしょうか。
 
 もう一度、検討しなおされても良いと思いますが、この試作品が完成しても、試に使って、効果のほどを出されるのは、先生です。
 きっと、合格することは無いと思われます。

 真夏は、一杯汗をかきましょう。マラソンをした時のようには、汗はでないかも知れませんが、汗の研究はないところを見ますと、本当は、随分効果が有るかもしれません。

温熱療法。 42度の温度はわすれないで挑戦してください。

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2013.08.06

古事記が解いた古代史  天照大御神(1)

天照大御神はニニギ命にバトンタッチした後は何一つ、記にも紀にも書かれていない。イザナミ命や日子穂穂手耳命は葬られた所まで書かれ、しかもこの場所は確認できたの出来たのである。これは天照大御神が亡くなられた所なり葬られた所が一般に知れると、ここに天皇勢力が出来るので、1263年に藤原朝臣が古事記を校正した時に、日本書紀にあわせて、天照大御神に関する記述を一切抹消したと考えるべきである。紀は好ましくない人物は大国主神の例の様に殺すことまで行った。
 藤原が日本海側で式内社を通じてゲリラ活動の重点を置いて所が5ヶ所ある。出雲は既に述べた様に大国主神を祀った出雲大社を、187社で包囲し、宮司までが藤原勢力だった。
 越前は継体天皇の故郷だから、ここには式内社を126配備した。近江も神功皇后すなはち息長族の本拠地だから、155社の式内社があった。
 この外に但馬に131社、丹波に71社、丹後に65社の式内社がある。


古事記が解いた古代史  154ページより転載

私からの一言

上記の5ヶ所は、出雲、越前、但馬、丹波、丹後を、次の所で確かめてください。
全国別式内社一覧表
http://www21.atpages.jp/skeikas/page006.html

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2013.08.03

健康・医療(88) ガンをやっつけよう(57) ) 汗と癌(4)

汗とガンは関係あると思われますか。 私は、関係あると思って、夏は出来るだけクーラーを掛けないようにしています。

 それはある本の記事を読んでからなるほどと思ったからです。
その本のタイトルは、『汗に活きる』石川 正著 この本を抜粋して、田村誠一氏が、『子のたわごと』に掲載しておられます。

「汗と脂」 о重金属のゆくえ
・・・・ ドイツにエルンスト・ファン・アーケンという医博で、スポーツ医学の泰斗がおられる。マラソン選手にガン患者がいないことを知り、その理由を研究された。
本来マラソンの選手となると、一日に30キロメートル走らなければならないそうである。そこで30キロメートルを走った選手の汗を採取し分析した結果、驚くべきことがわかった。
 すなわち、この汗には種々の重金属が含まれていたのである。ただ走って汗をかいたくらいでは、これらの重金属は発見されない。30キロメートルを炎天下で走れば重金属類が出る。鉛、カドミウム、ニッケル、鉄、銅などが含まれていると、数字を挙げて発表され、ただの汗にはこれらの重金属はふくまれないとある。重金属は毒物である。公害問題がやかましくなり、我々の環境にもそれぞれ規制値が設定され始めている。皮膚下に汗腺がある。皮脂腺がある。皮脂腺まで刺激しないと脂が排泄されない。脂を出すまで頑張って30キロメートル以上走る、初めて努力の結晶と言われる所以がわかるようだ。


 
石川氏の文章は、まだまだ続きます。
内容は、益々、専門的な用語が増えて、頭が受け付けてくれません。

 しかし、突拍子もない発想の話を織り混ぜながら、石川氏は、最近は、原因不明の病気が増え、当然、病気は治らないし、根絶できないことを述べておられます。

 そこで、完全と思えるほどに、年中恒温恒湿という環境に近づきつつあることが、原因ではないかと考えられます。言葉を変えますと、汗をかかないことは良くないのではと考えられ、新しい実験の末、新しい発見をしておられます。

 とは云うものの、30キロ走れば、重金属は排泄されることは分かりましたが、30キロ走るわけにはいきません。
 そこで、汗をかこうという事になります。

 汗をかくとなりますと、一番に頭に浮かぶことは、「サウナ」です。しかし、サウナでかいた汗には、重金属は含まれないそうです。

 WEBで、汗とは、どのようなものであるかを検索してください。ウィキペディアには、次のように書いてあります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%97
汗の主成分は水である。また、ミネラル、乳酸塩、尿素も含む。ミネラルの組成には個人差があり、また熱・運動・発汗への順応状況、(運動、サウナなど)ストレス源の種類、期間、体内のミネラル組成などの条件によっても違ってくる。ミネラル分の目安としては、ナトリウムが 0.9 g/L、カリウムが 0.2 g/L、(←塩化ナトリウム0.9g/L・塩化カリウム0.2g/Lの間違いではないか?参照#転送 [[2]]及び#転送 [[3]]) カルシウムが 0.015 g/L、マグネシウムが 0.0013 g/L ほどである[12]。その他のさまざまな微量元素も汗と共に排出される。濃度の目安(実測値には15倍ほどものばらつきがある)としては、亜鉛が 0.4 mg/L、銅が 0.3–0.8 mg/L、鉄が 1 mg/L、クロムが 0.1 mg/L、ニッケルが 0.05 mg/L、鉛が 0.05 mg/L ほどである[13] [14]。これらよりもさらに少ない微量元素も、それに応じた低い濃度で汗と共に体から流出するものと考えられる。ヒトの汗は血漿よりも低浸透圧である[15]。

 如何でしたか。外にも、探せば有るでしょうが、余り研究はされていないことが分ると思います。

 サウナの歴史は、古いようです。熱くした石に水を掛けますと、水蒸気が発生します。水蒸気を部屋いっぱいにして、汗をかこうという作戦です。

 話はまだまだ続きますが、このような水蒸気を満たすサウナではなくて、ジルコニヤ系のセラミックヒーターが生れることになりました。
 
 これは、サウナを作るために、開発されたものではありませんが、物を温めるというか、乾燥させるために、開発されたものでした。

 このセラミックヒーターをサウナで使うという発想は、どうして生まれたか判りませんが、私の想像では、田村誠一という方との合作ではないかと思います。

 セラミックヒーターを使ったサウナの事は、此処までにしまして、このサウナが出来てから、汗は簡単に出たようです。従いまして、簡単に汗を集めることができるようになり、この汗をドイツの研究所に送って分析をしてもらったところ、30キロのマラソンをしなくても、重金属が検出されたのです。

 汗の研究は、私が知らないだけで、精しいことは分っているのかも知れませんが、私は、自分のガンを治す為に、このジルコニヤ系のセラミックを手に入れ、セラミックにカイロを張り付けて、お腹に貼り付けました。
 これを12月から3月まで続けました。
 
 これが効果があったかどうかは、確かめようは有りませんが、体温より4度温めることは、ガンに効果があるというウワサは、私のガン撲滅の主体になっています。

 
現在は、このようなセラミックをつかわないでも、夏ですから、4度以上温めていることになります。

 夏は、身体の中に、毎日作られるガン細胞をやっつける季節だと考えています。

 出来るだけ、クーラーは切りましょう。 そして、シャワーではなくて、お風呂に入って、そして、歩いて汗をかきましょう。

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