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2014.06.10

古事記が解いた古代史  景行天皇の九州征伐(2)

景行天皇の九州征伐だけでも、8年かかった。これ以後の仲哀天皇は九州征伐の途中に九州で崩御された。これ位九州の賊すなはち、中国の残党が多かったのである。
 景行天皇が仮の京を置かれた所が地名が京都郡になっている。ここに御所谷神籠石がある。学者は神籠石は朝鮮から攻めて来る外敵に備えたと発言されているが、石城山や御所谷は瀬戸内海にあるので学者の発言は無責任である。発言には常に裏付が必要だ。
 さて天皇はここで横穴に住んだいる土ぐもを征伐された。神武天皇東征の時紀州に住んでいたのも土ぐもだった。
 秦の始皇帝が徐福と男女5千人で東海の島に長寿の薬を求めて派遣したが、この人達は本国に帰ると罰せられるのをおそれて、行く先にとどまった。この徐福の墓が紀州の南の新宮にある。友人は秦の始皇帝の墓の近くでは現在も横穴に住んでいる人あると教えてくれた。土ぐもと書かれていたのは中国人が横穴生活をしていたのであって、横穴の遺跡は倭人ではなくて中国人の遺跡である。


古事記が解いた古代史  234ページより転載

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