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2014.08.16

古事記が解いた古代史  欺書日本書紀(3)

日本のしかも大学の歴史教科書で、倭の五王の一例でも、武と雄略天皇の幼武とが、一字が合致しただけで、他の事項には一致点は皆無だった。裏付けを何一つしないばかりか、他一致点があっても、外国文献とあれば学者は尊重したのである。
 話は横にそれるが現在の九州邪馬台国論争でも、地名のゴロ合せに終始して裏付けを何一つしないままに拡大解釈している。この一例が先にあげた様に大学の教科書で卑弥呼を邪馬台国三十国連合の女王にしたのだ。
 さて古事記の序文で帝紀が正実と違いと書かれた二例を述べておいた。神武天皇の義父は大物主神なのに、紀では高句麗人の事代主神にしてあった。天皇は高句麗系に仕立てたのである。
 次は崇神天皇の妹が卑弥呼であるにも係わらず崇神天皇の妹を抹殺したのである。
 更に紀では神功皇后紀39年に卑弥呼のことを付け加えて、卑弥呼が神功皇后だった謀略を行ってある。記の序文に虚偽を加えたとはこれも一例である。


古事記が解いた古代史  254ページより転載

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2014.08.11

古事記が解いた古代史  欺書日本書紀(2)

不比等は日本書紀で全く虚構の天皇制を創作していた。黒板教授はこの天皇制の虚構に気付かなかったので、今更日本書紀を否認できない立場になった。
 古事記の序文にはハッキリ天皇がロボットだったことが書かれている。天皇家の系図である帝紀を天皇はウワサにしか聞けなかったと書かれているのが何よりの証拠だ。
 更に帝紀は正実と違いと明記してあったのである。天皇即位制が虚構だったと明記してあり、今改めておかないと将来大変なことになると書かれている。
 これは天皇が藤原に乗っ取られる危険をわざわざ明記したものではないか。
 日本書紀は不比等の先祖が漢の時代に漢の植民地化した九州を、創作の建国発祥地にしたかった。しかし紀と云えども高千穂が九州だとは一言も書いてなかった。
 邪馬台国九州説は、邪馬台国が東遷したことを主張しているのであり、これは不比等が九州を建国の地とする説に加担するものだ。
しかし九州には倭人の遺跡はあったのか。
      

古事記が解いた古代史  253ページより転載

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2014.08.02

古事記が解いた古代史  欺書日本書紀(1)

 本居宣長は古事記こそき正史だと、終生この研究に没頭した。更に引継いて研究が進むことを希望したのである。しかるに明治以後はたしてどれだけの研究が行われたのだろうか。この本居宣長の研究すら一顧も与えないで、戦後の学者は古事記を偽書だと葬りさったのである。
 津田左右吉氏の、古事記と日本書紀の研究は、これも戦後の学者は内容に関して充分に論議をたたかわることもしないで、無批判に信用して天皇は実在しなかったと論理を飛躍させ、仁徳天皇陵までも抹殺してしまった。
 天皇を不在論に発展させた津田氏は、アベコベに天皇から文化勲章を授けられたのだ。
 この様な混乱を招いた根本原因は東大の黒板教授が日本書紀を日本史に採用した結果ではないか。今更東大の教え子が黒板教授に異論を問えないでも、終身雇用で恩給までももらえる、大学のあり方に問題があるのだ。
 黒板教授の〝国史の研究〟が存在することが、弥生土器の編年が間違いだと誰も発言できない理由ではないか。


古事記が解いた古代史  252ページより転載

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