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2015.12.30

『潰れない日本』 戦う日本(15)  人口減少社会(13) 10年長生き社会(2)

 私は今、75才です。私の大学時代の寮生活の時の先輩が、昨年、一昨年と続いて、亡くなりました。80歳と74歳でした。
 それより、ずっと前に、2年上の先輩が、亡くなっています。

 私の学生寮の一室は、八名でしたから、一年に、二名ずつ入れ替わります。と云うことは、在学中、13名の人と、共同生活をすることになります。

 13名の内、3名が亡くなったことになります。 私が一年で入学した時の、7人のうち、3人が他界しています。 次は私の番になりました。


このデーターからは、私の寿命は、80歳までの可能性が濃厚です。
残るは5年です。 健康であれば良いですが、内科、泌尿器科、眼科に通院しています。殆どの病気は、自分で治療していますが、家内との通院日をカレンダーに○印を付けますと、一杯です。

泌尿器科が一番厄介ですが、ここは4年前に、膀胱がんが見つかりました。手術とその後の治療をして頂き、4ヶ月で治ってしまいました。
癌にならない為のことを4年間してきました。

 その時のことを同じプログに書いています。

余命3ヶ月と言われた癌患者が読むブログ その36  低酸素細胞と戦う(9) 水分(4)http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/cat732622/index.html

これは、36回目の一番新しい記事です。

右端の色の付いた上の部分をクリックしたままで、下に移動させますと、画面は、下にスクロールされます。 

これで、私の膀胱がんは、再発病しないと思っています。

話題が飛びましたが、

こんなに通院していますと、あっという間に、5年が過ぎて死んでしまいますので、楽しく生きようと云うことになりました。
 家内は、71ですので、早いですが、一緒にやろうと。

なにを始めたかと云いますと、よく耳にする「小旅行・近場の遠足」です。

我が家の近くに、昔からある西国街道が有ります。宿場は「半町と瀬川」がくっついてありました。東へ行きますと、次は「椿本陣」です。 この間には、「萱野」という地名があり、赤穂浪士の事件の時に、早籠に乗って、赤穂まで行った萱野三平の屋敷とお墓が有ります。

箕面市瀬川より茨木豊川まで、

http://www.rekishikaido.gr.jp/time-trip/kodo/saigoku/img/P07_08_4.pdf10km程ですが、しんどいので、5kmの所で中止、国道171号線にでて、バスで帰ってきました。

こんな話が、タイトルの「10年長生き社会」と関係あるのだと思われるでしょう。
 最近は、これだと確信するようになっています。 又、続けて読んでください。

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