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2016.10.02

熊本地震の原因を探る その29

古い話ですので、日置のことは忘れていましたが、以前に調べた時は、地震と日置は、関係あるとは思いませんでした。

其の時に、いろいろ想像していたことを箇条書きしますと、
①日置の人は、ユダヤ人の末裔ではないか。------離れた緯度一関係を知っていた
②天皇と関係があるのではないか。-------2000年も前から、現在の天皇家が存続している。
③軍隊の役目があった。------弓に日置流がある。
④日本の絹をヨーロッパに運んでいた。----絹を運ぶ時に、世界共通の暦を使っていた。

 このように考える根拠となった資料が、現在でも、残しています。

日置地名
http://mino-sigaku.la.coocan.jp/page179.html http://rakuraku.cocolog-nifty.com/tanosimu/2008/02/post_f79a.html
現在の日置地名 
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2008-02-14

No278 三重県の神島  
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2008-01-20

藤原氏と式内社
http://o-mino.la.coocan.jp/page878.html

 上の資料を改めて眺めてみますと、 最近話題になっています火山のニュースに関連ある地域が全て入っています。

その他では、
①阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい)とは、1995年(平成7年)1月17日に発生した兵庫県南部地震による大規模地震災害である。
 
 阪神大震災と自衛隊をキーワードにして検索をしますと、一杯ヒットします。
 自衛隊の出動が遅れたことです。

②新潟地震----
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/5761/niigatazisinn.html
陸上自衛隊---新潟県から陸上自衛隊(第30普通科連隊)に要請(2)がなされたのは16日15時30分であり、県庁において連絡幹部であった小林3佐(第3科主任)に対してであった。海上および航空自衛隊への要請時刻は不明であるが、資料の文脈から17日、到着した部隊に対してであったと見られる。


第30普通科連隊の先遣部隊は新潟県の要請(取り合えず万代橋の修復)を17時ごろ新潟駅付近で携帯ラジオより知覚し、その後連絡幹部より伝達を受けた。
 第30普通科連隊を除く第12師団隷下部隊は師団長以下ほぼ全員が妙義山(群馬県)で機動および山岳訓練を実施中であったが地震発生を承知した各部隊は直ちに帰隊し師団全力が17日2時に新潟に集結すべく派遣準備にかかった。
 第12師団長広瀬栄一陸将は17日4時40分ごろ新潟県庁に到着し、ここで広範多岐にわたり特に緊急を要する8項目の支援要請を受けた。内容は次のようなものである。
 中省略

新潟地震は自衛隊にとっては規模は大きかったものの普通の災害派遣だったと考えられていたと思われる。行政文書ファイル管理簿の検索(新潟地震)で行ったところ防衛庁が管理する資料は0件であり、それらしい資料も発見できなかったためであるが自衛隊史上においてこの災害派遣に特別の意義を見出すことは難しいと思われる。


海上自衛隊---- 16日に舞鶴を出港した3隻の護衛艦は17日5時新潟港に到着した。新潟県はこれを受け内田一臣1等海佐(第3護衛隊司令)(4)に以下の項目の支援を要請した。

航空自衛隊--- 航空自衛隊は16日の地震発生以降部隊を新潟に集結させていたが、17日になってようやく中部航空方面隊に対して次のような要請がなされた。


No62 備前国の一の宮
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2008-01-20

No.265 天武天皇は暗殺された
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2006-06-30
小さな発見・新しい発見 白鳳(5)元号(2) [神社からさぐる歴史] [編集]
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2015-09-20

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