悪書「日本書紀」(3)
日本書紀は一度、本の書き方を見られることである。本文のあとに、一書にいわく、一書にいわく、と書かれている。
この書き方は、他の書物には、この様に書かれているが、日本書紀の編集者は、その意見には反対だと意志を強調したことだ。
天孫降臨で天ツ久米命が、ニニギの命を護衛して高千穂に降りた。この天ツ久米命は、古事記では、久米の直の祖になっている。日本書紀は、一書にいわく「久米部の祖云々」とあって本文には、天ツ久米命の名前も見当たらない。天ツ久米命を頭から黙殺である。
第七代孝霊天皇の御世の、吉備二ヶ国の和睦は、日本書紀では完全無視で、一書にいわくもない。
第十代崇神天皇が丹波のクガミミの御笠を殺したことも、完全無視である。
神武東征では、ニギハヤヒの命は天ツ瑞を持って現れたとだけ書かれた。
しかし日本書紀では、ニギハヤヒの命が地上に天降った神話的表現から始まって、記載は詳細を極めている。
田村誠一著 第六話 正史だった古事記 18ページ
発行日 昭和56年6月10日
私から一言----〔この書き方は、他の書物には、この様に書かれているが、日本書紀の編集者は、その意見には反対だと意志を強調したことだ。〕
この部分は、正しいかどうか分りませんが、少なくとも、一書にいわく、一書にいわく、に書かれていることは、歴史的事実として、利用することは、駄目だと思います。
しかし、自分の都合のよい時だけ、日本書紀にかいてあると引用して居られる方のなんと多いことか。
一書にいわくの〔一書〕に古事記も入っていて良い筈ですが、どこにもありません。
このように考えますと、田村氏が云われるように、一書にいわくの部分は、正しくありません。本文のところが正しいですという解釈は、正解かもしれません。検討は必要です。


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